研究室訪問

 今回の研究室訪問は、電気電子工学科の岡本好弘先生にお話を伺いました。岡本先生は、愛媛大学大学院工学研究科電子工学専攻修士課程を修了後、シャープ株式会社を経て、平成2年(1990年)7月に本学電子工学科に助手として着任され、現在は大学院理工学研究科電子情報工学専攻(電気電子工学講座)で教授としてご活躍中です。

まずは、先生の研究内容について簡単に教えてください。

 情報ストレージ装置に関する研究を行っています。情報ストレージと言われてもピンときませんか。同じ情報○○でも、情報通信、情報処理というと、すぐにイメージが湧くのでしょうね。
 我々の暮らす高度情報化社会には、情報ストレージは必須のシステムで、情報通信、情報処理と三本柱となって共に支え合って形成されています。人の頭脳にある記憶をつかさどる大切な機能を担っています。
 あなた方の周りで見かけるハードディスク装置(HDD: hard disk drive)が情報ストレージ装置の代表格です。HDDだけでなく、Blu-ray Discのような光ディスク装置、SSD(Solid State Drive)のような半導体メモリも同じ仲間です。このように、磁気、相変化、電荷などと使用する現象に違いはありますが、情報を蓄積するための装置に関する研究をしています。私が情報ストレージに関する研究に出会ったのは、1982年に卒論研究を始めたときで、CDプレーヤが発売された年です。当時は、ディジタル磁気記録と言っていましたし、対象はHDDではなく、ディジタルVTR、そう、VHSなどのビデオテープのディジタル版を実現するための研究でした。現在、私の研究室では、HDDを中心として、情報ストレージ装置の信頼性を確保したうえで、記録密度を向上するために必要な信号処理方式について研究しています。

HDDはPCにも入っていますし、うちにあるテレビにもつないで録画しています。HDDのどんな研究をされているのですか?

 HDDと聞いて身近になった感じですかね。
 信号処理でHDDの記録密度を高めるための研究を行っているのですが、まずは簡単にHDD全般のお話をしましょう。
 HDDは今では家電量販店に行けば安価に購入することができますが、1990年あたりまでは1台100万円もする高価な代物でした。80年代は大型計算機(メインフレーム)やミニコンの時代で、そのためのHDDということで、大きくて高価な代物でした。しかし、90年以降の急激な記録密度の向上によってドライブあたりの記憶容量が飛躍的に増大し、ビット単価も急激に低下にしたことで、PCへの搭載はもとより、ハンディカム、携帯オーディイオ、カーナビ、テレビなどの電子機器に搭載されるようになりました。一時は「これ以上HDDの容量はいらない。」とか「こんなに容量があっても何を入れるの?」と言われた時期もありましたが、インターネットの普及と映像コンテンツが一般化したことで、PCのストレージの容量はいくらあっても足りないという状況になっています。TVに接続している大容量HDDも、好みの番組を定期的に予約録画しているとすぐにいっぱいになってしまいます。
 また、ありとあらゆる人がいろんな情報を生み出し、さらにインターネットに上げて公開するなどのソーシャルメディアへの投稿、インターネット経由でのオンライン購入に関するデータ、GPSやICタグなどのセンサデータといったビッグデータによって、データセンターに蓄積される情報は無尽蔵に増えています。HDDはこれらの情報を確実に保管するために最もコストパフォーマンスが優れたデバイスなのです。

ところでHDDはいつごろから使われているのですか?

 HDDは1956年、当時のIBMからRAMACというコンピュータの外部記憶装置として世に送り出されました。高速で回転する磁気ディスク上の任意のトラックにヘッドアクセスさせて情報を記録再生する装置が生まれました。
 ラップトップPCなどで使われる2.5インチHDDの約10倍もの、直径24インチ(約60㎝)もあるディスクを搭載していたということですから、その大きさが想像できると思います。それでいて記録容量は約5MB(メガバイト)ということなのですが、価格は想像もつきません。
 ところが半世紀以上経った今日では、数TB(テラバイト)の3.5インチHDDも、1TBの2.5インチHDDも安価に入手できるようになりました。これもひとえに記録密度向上の賜物です。記録密度の向上によって、ダウンサイジングと同時にビット単価が急激に下がり、身近なストレージデバイスとしてみなさんの暮らしを支えています。
 このように、長きにわたって進化?いや形をほとんど変えていないので進化とは言わないかな。進歩し続けている装置はないのではないかと思います。
 記録密度が向上すれば、同じサイズのドライブに、より大きな記録容量の確保が可能になります。これが資源やエネルギーの節約へとつながっていきます。…と言いたいところですが、先にお話ししたように、創出される情報が爆発的に増大している今日、ストレージデバイスの記録密度の向上が情報の増大するスピードに追いついていないのが現状です。

ところで、HDDはどうやって情報を記憶しているのですか?

 HDDでは、面内長手磁気記録と呼ばれる、磁気を使った記録方式が誕生時から数年前までの約半世紀の間、ずっと使われて来ました。この記録方式は、記録したい“1”、“0”の2値の電気信号に合わせて棒磁石の向きを変えてディスク面に平行に置いていくがごとく、ディスク面の磁性材料を記録ヘッドで磁化します。
 「“0”なら磁石の向きを変えない。“1”なら磁石の向きを変える。」という具合です。しかし、記録密度の向上とともに情報に合わせて置いた磁石の向きが意図せず反対を向いてしまう現象が現れ、現在は磁石をディスク面に垂直に形成する垂直磁気記録方式が2005年に初めて採用され、現在生産されているHDDはすべて垂直磁気記録が使われています。
 情報を記憶することがHDDの機能ですから、記録された情報は決して失われてはいけません。当然ですが、装置の電源をオフしても情報は失われません。情報を保持し続けることが、ストレージデバイスとして必須の条件であり、記憶喪失や誤りは決して許されません。

ではどうやって元の情報を再生するのですか?

 そうですね、記録された情報をディスクから元通りに再生する必要があります。情報を取り出せなければ記録する意味がありません。
 情報は磁石の向きに置き換えて保持されていますので、「磁石の向きが変わっていれば“1”、変わっていなければ“0”」と再生すればよいということになります。簡単なことと思われますが、高密度記録された状態ではそう簡単なことではないのです。まず、媒体上の磁化パターンは先に示したようにビットセルごとにきっちり分かれているわけではありません。磁性粒子単位で磁化されますので、黄色で示したビットセルの枠内に反対方向に磁化された磁性粒子も存在します。これを再生ヘッドで順次読みだします。
 以前は電磁誘導によって磁石から漏れる磁束の向きを検知して記録された情報を読み取っていましたが、現在は磁気抵抗(MR: Magneto-Resistive)効果を使ったセンサが使用されます。ディスクからの漏れ磁束によって抵抗値が変化するMR素子に電流を流しておけば、磁束の変化が素子両端の電圧の変化となって、つまり電気信号として読みだすことができるのです。MRヘッドの感度や分解能は世代交代を経て大きく向上してきましたが、要求される記録密度を達成しようとすると、十分な能力があるとは言えません。
 そのため、再生ヘッドの感度内に異なる情報が記録された磁性体が多数存在し、これらの干渉や歪、雑音により、“1”、“0”の2値情報を元通り再生することが非常に困難になります。
 そこで、信号処理という要素技術が必要になってきます。信号処理を前提にシステムを構成することで、それぞれの要素技術の能力を十分に生かしたHDDを生み出すことができるのです。

どんな信号処理が必要なのですか?

 ディスクからの再生波形は、ひとつのビットセルから読みだされるのではなく、再生ヘッドの感度が及ぶ範囲の情報が混ざり合っていますし、雑音、歪の影響も受けています。その中から順次記録された元の情報を再生しなければなりませんが、ビットセルに記録された情報を一つひとつ識別しようとすると雑音を過度に増大してしまいますので、雑音をあまり増大させない程度に波形を整形するパーシャルレスポンス (PR) 方式と呼ばれる波形等化を使います。ここでは、記録した情報から再生波形のレベルが推定できる程度の干渉を残しておきます。そしてこの波形干渉を利用して再生波形レベルを推定しもっともよく似た波形となる系列を記録した情報として定める最尤 (ML: maximum likelihood) 復号のひとつであるViterbi復号を用いて再生するPRML方式が使われ、我々も多数のPRML方式を提案し、HDDの高密度化に貢献してきました。
 HDDの記録密度を向上するということは、1ビットを記録するために占める面積を小さくするということに相当します。先の磁化パターンのように黄色の四角で囲まれたエリアということになります。この縦横比をビットアスペクト比 (BAR) と言い、縦がトラック幅、横がビット長です。記録密度の向上と共にBARが小さくなり、狭トラック化が著しく進んでいます。これによってトラック幅方向に並ぶ磁性粒子数が減少し、磁化反転位置の変動による媒体雑音の増大が著しく、このような雑音も含めて再生波形を推定するPRML方式が必要となりました。また、現在は、低密度パリティ検査 (LDPC: low density parity check) 符号と繰り返し復号が適用されて信号処理の能力向上が図られています。

今後もHDDの記録密度は向上するのですか。

 トリレンマと呼ばれる記録密度を向上の壁があると言われています。“書込み能力”、“熱安定性”、“媒体SN比”の三つの条件を同時に満足することができないことから起きる問題です。さらに、それぞれの条件に対して限界があるだけでなく、相互に大きく関連していますので、「こちらを立てればあちらが立たず。」で適切な解が得られない状態になってしまい、これ以上記録密度は上がらないということになってしまいます。しかし、信号処理によってトリレンマのうちのSN比低下による影響を挽回できれば、HDDの記録密度をさらに向上させることも可能になります。
 現行のHDDの記録密度は700Gbpsi(1平方インチあたり700ギガビット)を越えて、垂直磁気記録の限界に近づきつつあると考えられています。
 そのため、瓦記録 (SMR: shingled magnetic recording)、熱アシスト磁気記録 (TAMR: thermal assisted magnetic recording)やマイクロウェーブアシスト磁気記録 (MAMR: microwave assisted magnetic recording)などのエネルギーアシスト磁気記録、ビットパターン媒体 (BPM: bit patterned media)といった次世代の記録方式の導入が検討されています。これらの記録方式によってビットサイズが小さくなると再生ヘッドの感度が及ぶ二次元に配置されたビットセルによる干渉を含んで再生されることになる。そのため、隣接トラックに記録された情報からの干渉を考慮した二次元信号処理が必須となる。そこで、次世代の記録方式、再生ヘッドの構造、トラック走査、信号処理を適切に組み合わせた二次元磁気記録 (TDMR: two-dimensional magnetic recording)の実現が期待されています。

研究成果を海外にも発信しているのですか?

 国内各地で開催される学会やコンソーシアム等で研究成果を報告しますし、海外にも行きます。学生さんも一緒に行って報告します。国際会議はIEEEのIntermagという国際磁気会議がメインですが、TMRC、Globecom、ISITA、ISOMなどでも発表しています。情報ストレージ装置の高密度化信号処理について一緒に研究しませんか?

研究以外になにかご興味はありますか?趣味は?

 学生のころはよく山に登りましたが、魚釣りが好きです。海と山が近くにあるところで生活したかったですね。松山は、海あり山ありで、うってつけのところです。興居島から津和地までの忽那七島は鯛、鯵、メバル、ハマチなどの宝庫です。一番近い高浜の瀬戸でも70㎝を越える大きな鯛が釣れます。
 お山の方は、フリークライミングくらいです。学内にもフリークライミング部が管理でしているボルダリングウォール(通称:愛壁)があります。一応、顧問です。最近はあまりやっていないのですが、自然壁を登りに高知や岡山の岩場に出かけることもあります。興味のある方は、是非、サークルに入ってください。クライミングは国体競技にもなっています。