研究室訪問

 今回の研究室訪問は, 機能材料工学コースの 青野宏通 准教授にお話を伺いました。 青野先生は, 愛媛大学工学部工業化学科を卒業後, 新居浜工業高等専門学校助手を経て, 平成8年10月に愛媛大学工学部機能材料工学科助手として着任され, 現在大学院理工学研究科准教授としてご活躍中です。今回は, 先生のご専門や研究以外で興味をお持ちのことについて, いろいろ話を伺いました。

それではまず,青野先生の現在の研究テーマについて教えてください。

 私は現在,「環境・エネルギー材料工学研究室」というところで研究をしているのですが,大きくわけて2つのテーマがあります。1つはガスセンサー, 触媒や燃料電池などに用いる材料の研究で, もう1つは交流磁場中で発熱する磁性材料の研究です。


少人数による検討会前の風景。一番奥が青野准教授

ガスセンサー, 触媒や燃料電池などに用いる材料についてもう少し詳しく説明してください。

 ガスセンサーや燃料電池などに用いる材料は, SmFeO3やLa0.8Sr0.2MnO3など, 2つ以上の金属から構成される, いわゆる複合酸化物が主に用いられ, あるいは将来の材料として期待されています。このような材料について様々な作製法がありますが, Sm[Fe(CN)6]・4H2Oなどの多核錯体を低温で熱分解させる方法が最も均質性が高いと言われております。これは, 錯体の結晶では必ず2種類のイオンが交互に並んでいるため, 熱分解後直ちに交互の配列により均質性が達成できるためです。この均質性は元素の濃度だけではなく, 分解後の粒子の大きさまで影響されます。


La2Cu(C4O4)4(H2O)16・2H2O錯体結晶の熱分解により得たLa2CuO4の電子顕微鏡写真,
0.1μm程度の均質な粒子から構成されています


 このような均質な微粒子の表面は原子レベルでも均質であるため, ガスセンサー, 触媒や燃料電池の電極材料の表面のガスの吸着による反応が起こりやすく, より性能の高い材料を作ることが可能になります。作製した材料は実際にガスセンサー, 触媒, 燃料電池の電極材料などに応用し, 性能の確認実験が行なわれます。

交流磁場中で発熱する材料というのはどのようなところに使われるのですか。

 通常の磁性材料は交流磁場中での発熱をできるだけ抑えるようにするのですが, 我々のやっている材料は全く逆になります。他にも用途はあるかもしれませんが, 最も大きなターゲットは癌治療です。この磁性材料のナノ微粒子を癌患部で発熱させ, 凝固壊死させるための材料です。従来, マグネタイトと呼ばれる鉄と酸素から成る材料が候補材料として研究されてきておりますが, 我々の発見した希土類元素を含む材料はマグネタイトの2倍以上の発熱能力を持ち, これまで報告されている材料では最も大きいですので, これまでの研究対象がこの材料へ移行するのではと期待しています。

どのようにして癌患部に運ぶのですか?

 3種類の方法が考えられます。(1)表皮の癌ならば磁性針を刺す方法, (2)数十μmの球状材料をカテーテルにより患部に塞栓させる方法, (3)ナノ微粒子を抗体付きのリポソームに包埋し, カテーテルにより選択的に患部に堆積させる方法, です。(1)から(3)になるほど難しくなり, (3)の方法は将来の究極の癌治療法です。ただ, 私どもは医者ではなく材料屋ですから, いかに交流磁場中で発熱する材料の探索や理論的な解明を行なっているわけです。あと, (2)の塞栓療法(粒子を癌患部血管に詰まらせる)に用いる球状材料や, (3)ナノ微粒子の作製方法についても検討しています。


スプレードライ法により作製された球状粒子

それらのテーマはいつから?愛媛大学にきてから始められたのですか?

 全て愛媛大学に来て始めたテーマです。新居浜高専では, リチウム電池に用いる固体電解質材料の研究をしていました。その材料は今でも酸化物としては最大の導電率をもっており, そのテーマで大阪大学から博士号をいただきました。

イタリアに留学されたことがあると聞きましたが?

 イタリアのローマ大学とは, 以前から研究交流があり, 短期ですが3回行きました。初回は1週間, 2回目は3週間, 3回目は2ヶ月間でした。ちょうど3回目に行ったときはアメリカで同時多発テロが起こったときで研究室が大騒ぎになったのを覚えています。

そのときの思い出をお聞かせください。


昨年イタリアのパドワで行なわれた学会での発表

 そうですね, 国際色に富んだ研究室でしたので, アルジェリア, インド, タイなどの国から来た留学生がおりました。また, それぞれ学生が独立して研究を行っておりましたので, 度々実験のことや図の書き方などいろいろなことを相談されました。センサー材料の研究に行ったのですが, 沢山の学生の割には装置の数が少なかったので, できるだけ朝早く実験室に来て, 夕方には帰宅するという生活でした。1度だけ日曜日に研究室に行こうとしたことがありますが, 通常の路線バスなのにバスが全く来ないため, 研究室に行くことができず, 後で聞くと, 日曜日は運行していないとのこと。やはりイタリアならではかもしれません。研究室もいつもイタリア人特有の明るい雰囲気で, 1日に2回は大学内のBarに誘われてコーヒーを飲んでいました。飲むのは, 一口で無くなるような小さなエスプレッソコーヒーですから, コーヒーを飲むというよりも会話を楽しむという雰囲気でした。その2ヶ月の期間に, トリノ工科大学にも1週間程おりました。ローマのおおらかな雰囲気と違ってかなり整然としておりイタリア北部の違いを知りました。最も大きな思い出は, ジェノバで開催されたイタリア国内の学会で発表したことでしょうね。当然, イタリア語での発表はできませんから, 英語での発表。その学会での発表はほとんどイタリア語でしたから, まったく何を言っているのかわからず, 結局, 会場の周りをぶらぶらと散歩したのを覚えています。コロンブスの生家とかもあり, 結構楽しめました。その後も学会で2回程イタリアに行きましたのでイタリアには合計5回行ったことになります。何度行っても面白い国です。

大学では研究以外にどんなことをされているのですか?

 私の専門は無機材料化学ですが, 機能材料工学コースには化学系の教員が比較的少ないため, 無機材料以外にも有機材料や熱力学, 化学実験についても教えています。あと, 大学の法人化に伴って取得した「衛生工学衛生管」の資格があることから,安全衛生工学概論という講義も一部担当しています。研究室に配属された4回生と話をすると, 授業では怖そうな先生というイメージがあるらしく, ギャップに驚くそうですが, 普段はとても穏やかです(笑)。あと, アドミッションセンター委員という入試関係の仕事にも携わっておりますので, 高校生向けのPRとか出張講義などにしょっちゅう出かけております。

大学以外では,どんなことをされているのですか?趣味とか?

 そうですね。研究が趣味の領域に入ってますので, それ以外の趣味らしい趣味はないのですが,健康を考えて少し運動するようにはしています。あとは,旅行とか車の運転は好きですね。日曜日は, 料理もしますよ。たまに冒険しすぎて家族から総スカンを食らうこともありますが(笑)。

では最後に,大学生や高校生へのメッセージをお願いできますか?

 「材料を制するものは技術を制する」という言葉は, 誰が言ったかわかりませんが, 好きな言葉です。材料工学というのは, 比較的マイナーなイメージしかありませんが, 材料の進化は我々の生活や科学技術に大きな影響を与えています。例えば, 約25年前に酸化物超伝導体が発見されたときは, 天と地が入れ替わるくらいの大騒ぎになりました。物質が超伝導状態になる温度が液体窒素温度(-196℃)で可能になったということは, 電気工学, 機械工学, 応用化学, 情報科学, といったほぼ全ての工学分野への強いインパクトを与えました。また, 日亜化学工業に勤められていた中村修二先生(現在:カリフォルニア大学サンタバーバラ校)が窒化ガリウム単結晶の新しい作製方法を開発し, これを基に商品化された青色の発光ダイオードにより, 今ではほとんどの信号機が発光ダイオードに置き換わっています。我々が日常使用する携帯電話一つをとっても, 500個以上の部品から出来ており, その一つ一つの性能が, 携帯電話の性能や機能を支配していると言っても過言ではありません。材料を構成する化学物質は組み合わせが無限にあり, 世の中を変えるような材料を発見できる機会がいたるところに転がっています。偶然から発見された材料によるノーベル賞の受賞が多いこともそれを実証しています。材料工学という分野は, まだまだ優れたものを発見できる余地があり, 私自身を考えても, 現在でも破られていない「最もリチウムイオン伝導度が高い酸化物材料」と「最も交流磁場中で発熱する粉末材料」という2種のチャンピオンデーターを持っております。とにかく, これまでにない優れた材料の発見は, 全ての工学分野に影響を与えることができるスリリングな研究であると言えます。これは一種の「バクチ」のようなものかもしれませんが, 世の中の為になり, 研究者としても心躍るものです。これから大学進学を控えた高校生の皆さんも, 既に進学されている大学生の皆さんも「材料開発のバクチ打ち」を目指してみませんか? PRじみててすいません。

本日はどうもありがとうございました。