研究室訪問

  取材日 2011年7月某日
  場所 高電圧工学研究室
  インタビュアー Amir Izzani Bin Mohamed(D2)

 皆さんこんにちは。門脇一則と申します。私は工学部電気電子工学科の教員です。学部(電気電子工学科)の講義では、電気回路や電気電子材料についての授業を担当しており、学生実験では実験方法やレポートの書き方などを指導しています。大学院(電子情報工学専攻)では、高電圧工学の基礎と応用に関する授業を受け持つと共に、研究室に配属された大学院生たちの研究指導をしています。研究室の名前は「高電圧工学研究室」といいます。現在、我が研究室のメンバーは、ドクターコース(博士後期課程)の留学生1人、大学院生(博士前期課程)9人および学部生5人,それと私,の合計16人で構成されています。どんな研究しているかは、後でお話ししましょう。実験をして、得られた結果をもとに論文や特許を書き、さらに国内外の学会で研究成果を発表しています。私の研究室に限ったことではありませんが、これらの活動の中で、電気電子工学の技術と学術の発展に貢献することが私たちの目標のひとつです。私は電気学会に所属しており、この学会での活動を通じて主な研究成果を発信しています。今日は,マレーシアからの留学生のアミルくんにインタビューをしてもらいます。アミルくんよろしくお願いします。

よろしくお願いします。それでは研究内容を教えて下さい。

 電気絶縁材料に関する研究と、高電圧パルス放電の応用に関する研究をしています。

先生,もっとわかり易く説明しないと,ふつうの人はわからないよ。

 そうですね。それでは,まず,高電圧工学研究室という名前の由来について説明します。高電圧と聞いて連想するものとして,発電所からの電力輸送があります。何故,数十万ボルトの高電圧で電気を輸送するのでしょう。「最初から100ボルトにしておけば,感電事故も無くなるのに」と思っている人もいるかもしれません。この疑問を解決するには電気を輸送する時のエネルギー効率について学ぶ必要があります。とりあえずここではその疑問は置いといて,遠い場所から電気エネルギーを送るためには高電圧が必要であるということを知っておいてください。高電圧による電力輸送を安全かつ確実におこなうには,高電圧に耐えるケーブル(電線)やトランス(変圧器)などの電力設備が必要です。高電圧に耐えられない材料を使っていると,電気が漏れたり,さらには絶縁破壊という現象が引き起こされます。絶縁破壊とは,電気を通さない材料,いわゆる電気絶縁材料が高電圧に耐えきれなくなって電気を流してしまうことです。私は,さまざまな電気絶縁材料(誘電体材料)の電気伝導,絶縁劣化および破壊現象について研究しています。電力輸送において絶縁材料の果たす役割は非常に重要です。昔と比べて,私たちの日常生活は非常に便利で快適になりました。部屋のスイッチを押せば電気(照明)がつくのも当然,エアコンのスイッチを押せば涼しくなるのも当然,のように感じています。というかそんなこと考えたことも無いくらい当たり前のことになっているかもしれません。我々の生活は,先人の努力の積み重ねにより構築された電力システムに支えられています。そのことを再確認する時代が今だと思います。私が生まれた頃は,高度経済成長のまっただ中でした。電力需要の増大に伴い,新規の電力設備がどんどん投入されました。それらの中には今でも現役の設備があります。でも,ものには寿命があり,いつか必ず壊れます。電力設備が絶縁破壊して停電事故が起きてからでは遅いのです。経済成長が収束した今,構築された電力設備を末永く使うためには,設備の電気絶縁性能を正しく評価することが大切です。私は,電気エネルギーの安定供給を影で支える電気絶縁の研究にやりがいを感じています。ただ,昔からずっとそうだった訳ではありません。少なからず悩んだ時期もありました。

じゃあ,もう少し詳しく,この研究を始めたきっかけを教えてください。

 それでは私の略歴からお話しします。私は高校3年までの18年間,大阪に住んでいました。高校卒業後,愛媛大学工学部電気工学科に入学し,学部と大学院の6年間を松山で過ごしました。子どもの頃は,大人になったら建築家になりたいと思っていました。当時,新聞に挟まれた住宅メーカーのチラシを見ながら,自分で図面を書き直したりしていました。7年前に家を建てたのですが,建築士さんや大工さんとの打合せは,本当に楽しかったです。高3の時,建築関係の学科に進むことも考えました。でも,電気系の方が就職先が多いことを理由に,そちらを選択しました。ですから私の場合,例えば無線が好きとか,電子工作が好きだとか,そういうことは全く無く,入学したものの「将来どうしようかなー。電気の勉強面白くないなー」と思っていました。特に2回生までは,その思いが強かったです。
 転機は3回生の頃でしょうか。専門科目の中に,高電圧工学という授業がありました(今でもありますよ)。少し大げさですが,大学で初めて「この授業,面白いな」と思いました。
 4回生になって研究室に配属されることが決まり,迷うこと無く,高電圧工学の授業を担当されていた木谷勇先生のいる研究室を希望しました。この時,同じ研究室を希望する同級生がたくさんいて,人数オーバーになり,じゃんけんで配属者を決めることになったんです。私,じゃんけんに弱いんです。くじびきも弱いんです。小学生の時,席替えのくじ引きで,3回連続で教壇の目の前の席を引き当てたことがあります。でも,この時のじゃんけんでは,勝ち残ることができました。今でも時々,「あのときじゃんけんに負けてたらどうなってたかなー」と考えることがあります。人生の中での岐路だったと思います。もちろん後からわかることですけど。

他にはどんな岐路があったんですか?

 うーん。嫁さんとの出会いとか・・・かな。 えっ,その話し聞きたい? やっぱり? でも話しを元に戻しましょうね。 何? いや? じゃあ先に,アミルくんから奥さんとの出会いを話しなよ。もう結婚して4年になるんでしょ,奥さんとは,どこでどうやって出会ったの?

いや・・・,この話しやめましょう。

 それじゃあその話は研究室の飲み会で聞くとして,話しを元に戻しましょう。研究室に配属されてからは,大学生活が大きく変わりました。やっと大学でやることを見つけたというような気がしました。配属されたばかりの4月の時点では,卒業してすぐに社会人になろうと思っていたのですが,考え直して,大学院に進学することにしました。はんだ付け,真空蒸着,旋盤加工,高速写真撮影とネガの現像,焼き付け,超音波洗浄などなど,研究室で見るもの聞くもの触るもののほとんどが初めてでした。卒業式直後の3月末に,初めて学会(電気学会全国大会)に連れて行ってもらい,発表したときのことも忘れられない思い出です。大学院での研究生活が,私のその後に大きな影響を及ぼしていることは事実です。

大学院ではどんな研究をしてたんですか?

 アミルくんは,今,うちの研究室で直流破壊の初期過程について研究していますよね。この研究は二十年以上前から続いています。私が大学院生の時,この研究に取り組んでいました。もちろん当時と比べて今の計測技術は,格段に発達しています。だから絶縁破壊の物理について,昔はよくわからなかったことや,確認できなかったことも,最近の研究でわかるようになりました。少し専門的になりますが,固体や液体の絶縁材料が直流高電界下に置かれると,材料内部に空間電荷が蓄積され,その結果,電界分布が大きく歪みます。この電界分布の歪みと破壊のメカニズムとの関係を明らかにすることが,この研究の大きな目的です。そのことは知ってるよね?

もちろんです。でも今,先生はこの研究以外にも,いろいろやってますよね。

 そうですね。絶縁破壊の物理に関する基礎研究以外に,実用化を目指した応用研究もしています。例えば,ハイブリッドカーや電気自動車に使われるモータの電気絶縁性を調べるための高電圧ナノ秒パルス電源を,数年前に開発しました。最近,某企業が,このパルス電源を自社製品の評価用設備として導入することを決めてくれました。現在,その設備を当研究室で製作中です。もともと我が研究室では,高電圧ナノ秒パルスを用いた絶縁破壊の研究を長い間続けてきました。この研究の過程で培われた技術を,様々な分野に応用するための研究にも注力しています。特に力を入れているのが,ナノ秒極性反転パルス電源を用いた高効率排ガス処理システムの開発です。工場から排出される有害物を含む排気ガスをプラズマで分解するときに,プラズマ発生用電源としてこれを用いることにより,従来よりもエネルギー効率を高めるのが狙いです。1ナノ秒とは10億分の1秒です。このくらいの短い時間で瞬時に高電圧の極性がマイナスからプラスに変わります。そうするとどんなことが起こるのでしょうか。この話しを始めると非常に長くなるので,続きは次の機会にしましょう。

それじゃあ次に,大学院を出てからの話を聞かせてください。何でもいいですよ。

 何でもいい? ウフフフ・・・

なんなんすか,気持ち悪いっすねぇ。

 「なんなんすか」って・・・おまえ,日本語上手いねぇ。新婚時代のことや,子どもが生まれた頃のことを思い出してたんだよ。

先生,さっきから結局,奥さんの自慢がしたいんでしょ。

 ううん・・・まあ・・・ごにょごにょ・・・

その話は,研究室の飲み会で聞いてあげるから,ここはもう少しまじめな話にしましょう。

 はい。それでは会社の話をしましょう。研究室を出てから,24歳から30歳までの約7年間,日東電工株式会社にお世話になりました。入社して研修が終わった後,愛知県の豊橋工場の開発グループに配属されました。ここの上司と最初に会った時に,言われた言葉が今でも忘れられません。

何を言われたんですか?

 「ここに来た限りは,電気でメシを食えるとは思うな。今までのことは全てふところにしまっておけ。」と言われました。

何でそんなところに就職したんですか?

 わからん。電気が嫌いだからじゃないかな。

え・・・?

 でも後になって,その上司の発言の意味を理解しました。電気だとか,化学だとか,そんな枠にはまり込んでいたら,新技術だとか,新事業は生まれないんです。もっと突き詰めれば,技術だとか営業だとか,そういう枠に捕われて,自分の可能性を自ら狭めることは良くないということです。あれもこれも,何でも器用にこなせるのが良いと言っているのではありません。目の前に現れた課題に対して,全力で取り組むことが重要だと思うのです。

それで,結局,どんな仕事してたんですか。

 電力用の合成ゴムテープや,高分子複合絶縁体の開発を担当しました。

なんだかよくわからないけど,やっぱり電気絶縁材料なんだ。

 そうだね。様々な有機高分子材料を素材として,時代のニーズに合った電気電子関連の部材を開発し,お客様に提供することによって,利益を得ることが我々の仕事でした。開発事務所で,私のまわりは化学屋さんばかり。「なんでこんなところに僕が?」って思ったものです。それでも私の上司は,私を即戦力にしようと思ってくれたらしく,多くのノウハウを伝授してくれました。ゴム屋の職場というのは,かなり職人気質の強い世界でした。厳しい仕事の毎日でしたが,材料の本質を理解するには,やはり自分の手を使って試行錯誤を繰り返すことが重要であることを体で覚えました。今私は,学部の講義で「電気電子材料」という科目を担当しています。100人近くの大勢を前にして,材料の本質を座学で伝えることには限界がありますが,少しでも私の経験してきたことが学生さんに伝わればと思っています。

研究室で実験試料を作るとき,先生はいつも原料を買ってきて,自分で作ってるけど,その技術は会社で覚えたんですね。亀山工場でも仕事は変わらなかったのですか。

 入社3年後に,豊橋工場から三重県の亀山工場に転勤しました。亀山では,豊橋での仕事の一部を続けると共に,合成ゴム以外の材料として繊維強化プラスチックやエポキシ樹脂材料を用いた製品開発と,その電気的評価を担当しました。亀山に移ってからは,工場内での仕事に留まらず,営業や代理店の方々と一緒にお客様のところへ出かけたり,他工場での現場試作にも立ち会う機会が増えました。亀山の職場に移ってから最もうれしかったことは,上司が学会活動を仕事として認めてくれたことです。なので,仕事で得た実験結果の一部を,電気学会全国大会や,電力・エネルギー部門大会で発表していました。電気学会東海支部のセミナーで講師をさせていただいたこともありました。

その頃から大学に戻るつもりだったんですか。

 そうではありません。会社に入ってからは,研究室とは疎遠になっていました。ただ,木谷先生とは学会でお会いする機会が何度かありました。

それでは転職のきっかけについて教えてください。

 入社から6年が過ぎた頃に,木谷先生から直接連絡をいただきました。「助手を探している。応募してみないか。」というお誘いでした。少し考えた後,ここで応募しなければ一生後悔すると思い,応募しました。この時,私は博士の学位を持っていなかったのですが,幸いにも当時は,学位を持っていなくても採用される可能性が今よりもずっと高かったのです。今は,私のようなパターンで,大学に助手(助教)として採用される確率は極めて低いんです。本当にラッキーでした。じゃんけんに続いて,これが二つ目の岐路です。私のようなものを引っ張ってくれた木谷先生に感謝しています。

よかったですね。それでは話をがらっと変えて,先生の趣味を教えてください。

 魚釣りとキャンプです。アミルくんも知ってるように,高電圧工学研究室では,夏に2泊3日のキャンプをしています。海辺のキャンプでの朝食メニューは,みそ汁,煮付け,焼き魚と飯盒メシです。学生達が美味しいと喜んでくれるので釣り甲斐があります。深夜まで釣り歩いて,キャンプ場に帰ってから明け方までビールを飲み,朝食に瀬戸内の新鮮な魚をいただきます。僕にとって年に一度の楽しみです。

今年も楽しみですね。それでは最後に,研究について今後の目標を聞かせてください。

 電気絶縁の分野で世界に通用する研究者になること。高電圧の応用研究を通じて社会に役立つ仕事をすること。それから次の世代を育てることです。今,研究室の教員は私ひとりです。一人でできることは限られています。学生のみなさんと力を合わせて,より良い研究成果を出したいと思っています。アミルくんのように,研究室に残って学生達を引っ張ってくれる人がいることは,大変嬉しいことです。
 ところで,先月,アミルくんは国際会議に出席するため,私と一緒にノルウェーに行ってきたんだけど,初めての国際会議はどうだった?

そうね。とても楽しかった。また会議で発表できるようにがんばります。

 アミルくんは,どこの国の人とでもすぐに仲良くなれるところが素晴らしいですね。僕も見習いたいと思います。世界を視野に入れてこれからもがんばりましょう。今日はインタビューをしてくれてありがとうございました。また奥さんや子ども達と一緒に,うちに遊びにおいで。

ありがとうございました。また行きます。