研究室訪問

 今回は情報工学コースの岡野大(おかの・だい)准教授を訪問しました.
 岡野先生は東京大学大学院工学研究科修士課程を修了後,平成9年に愛媛大学工学部情報工学科に助手として着任され,現在は同大学大学院理工学研究科電子情報工学専攻(情報工学コース)で准教授としてご活躍中です.今回は先生のご専門である数値解析や研究以外で興味をお持ちのことについてお話を伺いました.

先生のご専門である数値解析について簡単に教えてください.

 数値解析というのは,簡単に言えばコンピュータを使って数学的な問題を解くための学問分野です.ただし,「解く」といっても式を変形したり,四則演算をしたり,微分・積分をしたり,といった高校生の皆さんが普段の数学の時間に習っているような意味での「解く」ではありません(そちらの方は「解析的に解く」といいます).むしろ与えられた方程式を満足するような変数の値をコンピュータ上でシミュレーションして求めると言った方がイメージしやすいかと思います.ただ,数値解析が専門といってもこの分野はかなり広いので,あくまでもその中の一分野が専門だというのが正確です.

具体的にはどういった分野がご専門ということになるのでしょう?

 私の専門は,どちらかというと数学の一分野としての数値解析に近い部分だと思います.高校生の皆さんには聞き慣れない難しい用語だとは思いますが,「線形偏微分方程式の境界値問題」という問題に対して(数値解析の方法である)「代用電荷法」という計算方法について研究をしてきました.

「線形偏微分方程式の境界値問題」というのは例えばどういった問題なのでしょうか?

 例としてタンバリンを挙げます.(奏者の腕はさておいて)タンバリンの音色は,「皮の質」と「枠の形や大きさ」で決まることになります.どんな音色になるのか,つまりは叩かれた「皮の運動の様子」が問題の答えになるわけですが,この場合,皮の質に対応するのが「微分方程式」で,枠に対応するのが「境界値に関する条件」ということになります.

ちょっと難しいですけど,複雑な動きのメカニズムが微分方程式で表現されていて,あとはそこでの条件(環境)次第で動きが決まるといったイメージでしょうか?

 そうですね.おおよそ,そんなイメージでいいと思います.
 あと,線形とか偏とか付いているのは,微分方程式の種類のことなのですが,高校生の皆さんにはちょっと敷居が高いかもしれませんね… まぁここではとりあえず,微分を使った方程式だという感覚だけで話を進めましょう.
 このような微分方程式と境界値に関する条件のもとで答えを探す問題は様々なものがあって,例えば物体に外部から熱を加えたときの温度変化の様子を考える物理の問題から,生物学や経済学,心理学に関わるような問題まであります.
 私自身の研究テーマは,そのような具体的な問題そのものを扱うよりも,もう少し抽象的に問題を捉えて,その「解き方」を考えるものなのです.

それが「代用電荷法」ということですか?

 そうです.タンバリンの例に挙げたような境界値問題を解くために,これまでさまざまな方法が研究されてきているのですが,代用電荷法はそれまでの方法に比べて簡単に,それでいて高精度の解を求めることのできる方法として注目されています.

従来の方法と比べてどういった違いがあるのですか?

 従来から実際に広く使われている方法には有限要素法や差分法等があります.それぞれ一長一短なのですが,いずれも解を求めるのに空間や時間を細かく分割してコンピュータで計算するという考え方は共通しています.
 それに対し,代用電荷法は分割をしません.考える空間や時間全体で微分方程式を満たす「基本解」をたくさん用意して,その組合せで境界値に関する条件を満たすものを探す方法です.用意する基本解の選択や組合せ次第で比較的簡単に(コンピュータにあまり負荷をかけることなく)解を得ることができるというのがセールスポイントです.その際,良い基本解を簡単に用意する方法や基本解の組合せ方を考えるのが重要なテーマになります.
 私の研究テーマの一つがこの基本解選択を上手にする方法の開発です.これには数学的知識を用いた上手な工夫も重要ですが,現代のコンピュータの大きな処理能力も役に立てられるのではないかと考えています.コンピュータの処理能力向上によって使われなくなった方法をもう一度復活することができれば非常に興味深いことになるのではと...

なるほど.先生の「今後の研究目標」ですね!

 ええ.今後も代用電荷法について,天野教授(代用電荷法の最近の研究の中では特に重要なものとされる等角写像の数値計算法を考案)ご指導の下,研究を進めていきたいと思います.
 それから,これまでは基礎的な計算方法の研究が主だったのですが,そろそろ今までの成果を基にした具体的な科学技術計算への利用をしていかないといけませんね.方法自体の研究ばかりでなく,使い方を示していかなければ他の人に利用して貰えませんから.例えば,心電図や脳電図の計算に代用電荷法を利用しようという研究をされている方々がいるのですが,その場合に重要になるのが,3次元の問題への上手な適用方法とその理論的な説明です.実は代用電荷法について詳しいことが分かっているのは2次元の問題がほとんどで,実際の応用上の問題では必須の3次元以上の問題については適用できるということ,それなりに妥当な結果が得られるということしか分かっていません.これをもう少しなんとかすることが今後重要になるはずです.

やらなければならないことがまだたくさんある,ということなのですね.
ところで,研究以外に先生の趣味等のお話も伺えますか?

 研究以外のことで,ですか….あ,多いんですね.仕事が趣味とか,研究が趣味という先生方が.でも,そもそも趣味っていうのは興味の対象について深く追求することですよね.研究が趣味で良いのじゃないと思いますけど.よほど究めている人以外が読書とか音楽鑑賞とかの一般的な娯楽を趣味と呼ぶのも変じゃありませんか?
 全然究めていないという意味で,趣味というより単に好きなものというくらいであれば,文房具が好きです.ペンや万年筆みたいな華やかな方面ではなくて,穴開け器とか鋏とかの無骨な感じのものが良いですね.学生のころは普通は個人で使わないような大型のステープラーや裁断器,簡易製本機を何台も持っていたりしました.場所を取るのと実際のところ不要なんで処分してしまいましたが.そんなわけで,今はクラフトショップや,展示の上手な文房具店を見て回るのが好きです.
 あと,これも文房具感覚なんですが,ポケコンとかプログラミング機能付き電卓のような小さなコンピュータも好きで,多分普通の人よりたくさん持っているんじゃないかと思います.こちらも最近の製品のように洗練されたデザインのものではなくて,昔の関数電卓にプログラミング機能が付いているようなのが好きです.
 最近だとPDAやスマートホンとか,電子辞書とかは十分にコンピュータではあるのですが,自分にとって重要なのが,小さな本体だけで何かプログラムを作って動作させられることです.もちろん,想定された通りの道具として使うのも良いのですが,とくに意味も無いプログラムを作っては動かしてみるのが趣味と言えば趣味です.

では最後に,何か高校生の皆さんにメッセージをお願いします.

 受験勉強に追い立てられていると感じている受験生の皆さんにとっては,早くどこかに受かって楽になりたい,勉強するならするで楽しい勉強がしたい,早く受験を終えて大学生になってしまいたい,と思っているのではないでしょうか?
 私自身もそうでした.
 そうして,受験を終えて約二十年後,最後の学生生活を終えて約十年後になって思うのは「結局のところ,いくつになっても勉強し続けることに変わりはなく,多分これからも勉強し続けることになるだろう」ということです.「勉強」といっても宿題やレポートをこなすという意味ではありません.いくつになっても解決しなければならない問題や課題は次々に現れます.そして,その解決が既に得た知識だけで何とかなることは少ないので,結局のところ教科書(に該当するような本)を読み,資料を捜し,人を尋ね,勉強を続けなくてはなりません.これは別に私が大学教員の道を選んだからではありません.あらゆる分野で,そのときどきに応じて必要な知識・能力を得るための勉強が要求されます.そして,その量や種類は決して減ることはありません.社会に出てからも,うまく勉強する能力は必ず高く評価されます.何故なら勉強する能力が高い人は,今もっている能力以上の能力を得て,社会に貢献することができるからです.
 受験勉強を含めて,学校で習う勉強は,将来必要になる勉強する能力のための重要な練習です.希望する学校に行くためとか,単位を貰って卒業するためとかではなく,自身に能力をつけて社会の期待に応えられるようになってください.
 そのための勉強の場として,愛媛大学は適切な場所だと思います.松山の街がそうであるように,必要なものは十分に揃っていて,気候もよく過ごし易いところです.理工学の分野には個性のある研究テーマを持って精力的に活動されている先生方や研究チームがたくさんあります.理系の進学先を考えている高校生の皆さんにはオススメします.是非,選択肢の一つに入れておいてください.

ありがとうございました.