研究室訪問

 研究室訪問の第5回は電気電子工学科の神野雅文助教授にお話を伺いました.
 神野先生は京都大学大学院工学系研究科修士課程,博士後期課程を修了,その間,日本学術振興会特別研究員を経て,平成7年4月に愛媛大学工学部電気電子工学科に助手として着任されました.今回は神野先生に,研究テーマ,趣味,そして大学生,高校生へのメッセージを語っていただきました.

神野さん,今日はお忙しいところ,ありがとうございます.それではまず,神野先生の現在の研究テーマについて教えてください.

 一言で言いますと,プラズマの光源応用と環境問題に関する研究をやっています.具体的には,「蛍光ランプの無水銀化」,「無電極光源の開発」、「光源プラズマのレーザ計測」,「光源プラズマのコンピュータシミュレーション」等を研究テーマにしています.また,今年からレジオネラ属菌対策として,「水浄化と殺菌のための新光源の開発」,「プラズマによる殺菌技術の開発」というテーマを立ち上げました.これは源泉かけ流しの道後温泉が大学のすぐ近くにあり,私と本村助手の専門であるプラズマと光源により,塩素投入が不要なレジオネラ類等の殺菌技術が開発できるのではないかと思いついたものです.

一言でプラズマの光源応用と環境問題とおっしゃっていましたけど,いろいろなことをやっておられるんですね.それらをもう少しわかりやすく説明していただけますか?

 現代の私たちの生活で,照明を使わない日はないといっていいですよね.一般家庭やオフィスでの照明には主に蛍光灯を使っています.この蛍光灯の中では水銀が放電してプラズマになって光っています.ところが水銀は有機物と化合して人体に有害な物質となります.
  最近この水銀を蛍光灯から追放しようという動きが強くなっています.我々は、水銀の代わりにキセノンや窒素等の無害なガスを使用した新しい蛍光ランプの開発を行なっているんです.最近、現在の水銀蛍光ランプよりも明るく,同程度の効率が得られるようになってきました.先日の「光源の国際会議」では口頭発表に選ばれ,この成果を発表したところ,大きな反響を得ることができました.また,普通のランプの中には電極がありますが,この電極がランプの寿命を短くしている一因になっています.そこで,高周波の電流磁界をもちいてプラズマを生成する「電極の無いランプ」も研究しています.そのほか、ランプの中のプラズマ自身の状態を知ることも大事で、レーザを使って、プラズマの電子密度や電子温度の時間的,空間的な変化を測定したり、その結果を参考に、コンピュータでプラズマの状態と発光の状態をモデリングしたりしています.

「蛍光灯」というと古い分野という印象があるのですが、課題は多いんですね.

 『ランプ』や『放電』というと古臭くて研究され尽くした分野のようなイメージを持つ人が多いと思いますが、実はものすごい可能性を秘めた分野なんです.確かに、今使われている水銀蛍光灯はほとんど完成された技術で改良の余地はほとんどないのですが、これを無水銀にするというのは非常に大変な仕事です.しかも,もし最初に実用化できれば,世界中の照明光源のマーケットを独占できるわけですから,大きなビジネスチャンスでもあるわけです.ですから,光源の世界でビッグスリーと呼ばれている,Phillips,OSRAM,GEは無水銀蛍光ランプの開発に非常に興味を持っています.
  また,『放電』というと古いイメージを与えますが,これを『プラズマ』と言い換えると、とたんに最先端のイメージを与えます.実は放電もプラズマも同じものです.ですから,大学生の皆さんはもちろんのこと、高校生の皆さんもうわべのイメージにとらわれず、物事の本質を見抜く知識とセンスを身につけて欲しいと思います.

確かにプラズマと聞くと、何か新しい最先端の研究ことのように感じますね.先ほどプラズマの計測やモデリングとおっしゃってましたが、簡単に説明していただけますか?

 蛍光ランプの無水銀化の他に、光源の分野で今注目されているのは,超高圧ランプや高輝度放電(HID)ランプと呼ばれる,高温・高気圧のランプです.これらは例えば、液晶プロジェクターのバックライトや自動車のヘッドライトなどに使用されていて,現在,爆発的に需要が伸びていてランプの改良もまだまだ必要とされています.ランプにたくさんの電流を流すのでランプの中が高温・高気圧になります.圧力は高いものでは200気圧近くに達し、中心温度は数千度,ランプのガラスは1000度近くになります.もうガラスは溶け出す直前ですし、ガラスの形状が悪いと高気圧で破裂してしまいます.こんな極限状況で使用されるので、形状や電流値などの各種条件を最適化した設計が必要になります.最適化には、いろいろな条件のランプを作って試験するという方法もありますが、お金と時間がかかります.そこで,コンピュータによる計算で最適条件を求めようとして,モデリングを始めたわけです.構築したモデルが正しいかどうかを知るには、実際のランプと比べる必要があります.
  そのため,ランプ内部のプラズマの状態を計測する必要が出てくるわけです.そこで我々は、レーザを使ってプラズマの「濃さ」や「熱さ」を測っているわけです.

少しわかってきたような気がします.では,新しくはじめられているという殺菌関係の研究について説明していただけますか?

 昨年,道後温泉でレジオネラ属菌対策として塩素を投入することの是非が議論されました.というのも道後温泉は日本の温泉の中で数少ない源泉かけ流しの温泉であり,塩素投入は泉質を変えてしまいかねないという懸念があるからです.松山市の委託で行なわれた調査では塩素投入による泉質への影響はないという結果が得られ、今年の春から塩素投入が行なわれています.しかし,イメージが大切な観光産業ですから、塩素投入を避けられればそれに越したことはありません.ですから,塩素投入が議論されていたときに、ふと,我々の研究している光源には殺菌目的のものがあることを思い出し、我々が扱い慣れているエネルギーの高いパルスプラズマが使えるのではないか、と思いつきました.そこで,新しい殺菌光源とプラズマの併用による殺菌技術の開発をテーマとして研究を立ち上げました.
  レジオネラ族菌を殺して道後温泉への塩素投入を避けられる技術の研究開発は立派な地域貢献になりますから,県や市のご賛同が得られて、ご協力いただける企業があれば共同研究プロジェクトにして取り組みたいと思っていますし,是非ともこの研究は成功させたいと思っています.

なるほど,将来が楽しみですね.ところで話を変えまして、これから進路を決めようという高校生や中学生に参考になると思うので、どのように進路を決められたのか聞かせてもらえますか?

 国語や英語よりも、数学や物理の方がやっていて楽しかったので理系になりました.でも実は得意な科目は国語と日本史で歴史も好きだったので、数学や物理が楽しくなかったら,国史学の道に進んでいたかもしれません.

どのようにして電気電子関係に進まれることになったのですか?

 京都で生まれ育って,京都に愛着があったので、まわりから東大が日本一と言われても「京都の大学」という単純な理由で,京大に行くと決めていました.もっとも,これは大学がどんなところなのかもしらない幼稚園児のころの話ですが(笑).
  結局,「モノづくり」に愛着があったので、工学部というところまではすぐに決まりました.ラジオ少年でアマチュア無線や電子工作が楽しかったので電気系か,飛行機が好きだったので航空工学を共通一次の前は考えていました.でも,一次があまりよくなくて,当時は化学系の学科のボーダーがだいぶ低かったので化学系に決めかけたのですが,両親に,「後ろ向きの理由で進路を選ぶな.浪人してでも初志貫徹せよ.」とひどくしかられました.それで,航空工学に比べて,技術の裾野が非常に広く応用が利く等の理由で電気系を選んで浪人覚悟で受験しました.

で,どうでした?

 見事に落ちました.(笑) 一年浪人しましたが,この一年間で物理の理解度が急激に深くなり,結局化学よりも得意な科目になりました.電気系に合格して,大学の教養の講義を受けていて思いましたが、現役のときに物理の理解度が不十分なまま大学に入らなくてよかったと思いました.現役で入学していたら、大学の講義についていけなかったでしょう.そんなわけで、両親の助言には感謝しています.

プラズマ関係に進んだ理由は?

 4回生のときに所属研究室を決定したのですが、分野としては半導体,通信に興味がありました.でも,将来進む分野は卒論で専攻した分野に縛られないし,分野よりも師事した先生や先輩からどれだけ科学的な思考法と研究手法を学べるかの方が大事だと思っていたので、先生を選ぶことにしました.最終的に,三人の先生が選択肢に残りました.三人の先生の研究分野は,それぞれ,プラズマ,光半導体、超高層物理,とまったくバラバラでした.その中で、人の行かないところに行こう、と一番人気のないと思われる研究室を選んだところ、それがプラズマの研究室だったのです.この研究室には電気電子工作だけでなく、旋盤やガラス細工,銀ロウ付けといった機械工作設備まであったので、非常に広範囲なモノづくりの知識を習得できたことは研究遂行はもちろん,今現在、学生さんの教育においても非常に役に立っています.恩師の先生には学問的なことだけでなく、非常に多くのことを教わりました.

興味深い選択ですね.では,いつ研究者になろうと決められたのですか?

 工学系に進むと決めた高校の2年生頃には、研究者になろうと思っていました.開発に比べて,研究の方が興味を追求しやすそうだったのがその理由です.ただ,この時点では企業か大学かは決めていませんでした.大学で研究室に所属して、自分が研究する楽しさはもちろんなのですが、恩師の先生が,大学での研究を通して、学生を研究者や技術者の卵として育て上げ,社会に送り出した教え子の成功を見るのを最大の喜びとされているのに共感しました.これが、私に大学で教育・研究職に就くことを決断させました.

なるほど.教え子の学生さんの成功を見るのは自分の成功よりもうれしいことなのかもしれませんね.

 ええ,「出藍の誉れ」は教育者冥利に尽きると思います.ともすると我々大学のスタッフは研究成果を求めて学生さんを自分の研究のための手足のように扱いがちですが、これでは学生さんが自主的に研究に取り組んでくれませんし、言われたことだけしかやらず,新しい発見や発想など期待できません.最初はなかなか成果が出ないかもしれませんが根気よく学生さんを育てていけば最終的には,手足のように便利よく使った時よりも大きな成果を研究を楽しみながら出してくれるし,愛媛大学の学生さんにはそれだけの能力は十分にあると信じています.私の研究室の学生さんが満足してくれているかどうかはわかりませんが(笑),諺の「急がば回れ、急いては事を仕損じる」の精神で研究室を運営しています.

留学の話がでましたが,留学時代のことをお聞かせいただけますか.

 イギリスのシェフィールドにあるシェフィールド大学(University of Sheffield)の理学部化学科の高温科学研究所(HTSL:High Temperature Sciense Laboratories)で2000年9月から2年間,文部科学省の在外研究員として研究生活させて頂きました.HTSLは欧州の光源研究の中心的存在の一つで、光源の計測、モデリングについて広く深く学ぶことができました.
  実は,私が博士課程の学生だったときにHTSLを率いる Devinshire 先生が私の恩師の板谷先生を訪ねてこられ,私がつたない英語で当時の研究テーマ(光源とは全く関係ない、レーザによる気中プラズマ生成とこれによる放電の制御)を一所懸命に説明する姿と私のレーザと放電,分光に関する経験を気に入られて、HTSLに留学を勧められ,その後も日本にこられる度に留学を求められていたのですが、8年越しでようやくチャンスを得て留学できることとなったのです.HTSLの雰囲気は私の学生時代の研究室の雰囲気に非常に近く、本当に楽しく研究生活を送れました.当時のHTSLのメンバーとは今も共同研究者としてだけでなく、仲のよい友人としても交流を続けています.
  2年間,本当にいい経験をさせてもらえたと、送り出して下さった青野先生と電気電子工学科の皆さん,受け入れてくださった Devonshire 先生とHTSLのメンバーに感謝しています.

それでは,次に研究以外のことについてお話を伺いたいと思います.何か研究以外の趣味はありますか?

 趣味はかなり広い方だと思うのですが、その中で二つ紹介しましょう.一つはバイクです.排気量で言えば50ccから1100ccまで.タイプで言えば、2ストロークと4ストロークの両方、スクーター,ロードレーサー,オフロード,モトクロッサー,旧車,ツアラーまでほとんどあらゆるタイプに乗りました.
  いろいろ乗って、結局,今は2ストロークのオフロード車がお気に入りになっています.なかなか遠出する機会がないのですが、研究室の学生さんと日帰りのツーリングに行ったりしています.来年には高速道路の2人乗りが解禁されるし、大排気量車も昔のように250kgなんていう重いものではなくなってきて、1000ccで160kg程度にまで軽量化され,とうとうパワーウエイトレシオが1を超えて,もの鋭い加速が得られるようなってきているので,機会があれば、またスーパースポーツタイプでロングツーリングに行きたいですね.

バイクでツーリングと言うのは楽しそうですね.もう一つの趣味は何ですか?

 ボードゲームです.ボードゲーム一般を楽しみますが、その中でもシミュレーションウォーゲームと言うものが特にお気に入りです.主に、歴史上の出来事を題材にゲームにしています.例えば、イギリスのばら戦争,19世紀のナポレオン戦争,第二次大戦の各戦役,三方ヶ原や関ヶ原の合戦を再現したり、といった具合です.お互いに相手の反応を探りながら、駆け引きを楽しむ醍醐味はボードゲームならではです.また,実際の史実を元にしているので、歴史的な出来事とその背景に興味が沸いて、それらに関する本を読んだり,と興味が広がっていくのも楽しいですね.ただ、松山では対戦相手がいなくて、主に帰省した時しか対戦機会がないのが残念です.ぜひ,松山でも対戦相手を見つけたいと思っています.

好敵手が見つかるといいですね.では最後に,大学生や高校生へのメッセージをお願いできますか?

 はい.では,簡潔に.「遊んでください」(笑) いろいろなものをつくったり壊したりして「モノ」に対するセンスを養ってください.コンピュータの中でシミュレーションできることが増えてきたからこそ,本物に対する経験を養っておいてください.もう一点.「視野を広く」常にいろんな分野にアンテナを伸ばし、幅広い知識と経験を得るように心がけてください.研究者でなくともこれらはとても大事だと思います.

どうもありがとうございます.長時間ありがとうございました.

 こちらこそ,どうもありがとうございました.