研究室訪問

 工学部教員の研究紹介を行います.第1回は情報工学科の小林真也助教授にお話を伺いました.小林先生は平成3年に大阪大学大学院博士課程を修了されて,その後金沢大学を経て,平成11年から愛媛大学工学部情報工学科の助教授をされています.小林先生はコンピュータや情報工学に関する研究をされていますが,具体的にどのような研究をされているのかについて,できるだけ易しくお話頂きました.

まずは,小林先生の研究テーマについてお話頂けますか.

 並列処理や分散処理といったことに関する研究を行っています.

難しそうですね.でも,できるだけ易しく説明して頂けますか.

 並列処理というのは,例えて言うと,皆さんが,文化祭の準備をしたりするときに,友人と,互いに協力して作業を進めますよね.一人で,全てをしていたら,大変長い時間がかかる場合でも,お互いの力を合わせてやれば,短い時間で完了したり,時間内では一人でできなかったことが達成できたりしますよね.これも,並列処理の一例になります.
  コンピュータに興味のある人だと知っているかもしれませんが,コンピュータ内部にはCPUといって,計算などの処理をする部品が入っています.このCPUが複数入っているコンピュータもあって,こういったコンピュータでは,それぞれのCPUが別々の仕事をすることがあり,そうなると,並列処理と言うことになります.

複数のCPUが協力することで,高速な計算ができるわけですね.それで,分散処理についても説明頂けますか.

 分散処理というのは,インターネットやLANで接続されたコンピュータ同士で,処理を進めていこうという考え方です.

LANというのは何ですか.

 LANというのは,ローカルエリアネットワークのことで,会社や大学などの比較的狭い範囲のネットワークの事です.

並列処理と分散処理というのは似ているのですか.

 並列処理と分散処理というのは,お互い相容れないものでもないし,また,全く同じものというわけでありません.
  例えば,先ほど例にあげたような複数のCPUが内蔵されているコンピュータでは並列処理が行われますが,分散処理であるとは言いません.一方,LANなどのネットワークでつながれた複数のコンピュータを同時に使って処理をしようとすると,これは,並列処理であって,分散処理でもあると言えます.

並列処理だとか,分散処理の研究をされているということですが,具体的にはどんな問題があるのですか.何か分かり易い例で説明して頂けますか.

 人が共同作業をする場合を例に説明すると,例えば,汚れた壁をきれいにしてペンキで絵を描くとして,「汚れを取る」「ペンキの下塗りをする」,「絵を描く」という作業を,Aさん,Bさん,Cさんの3人で作業をするならば,Aさんには「汚れを取る」作業,Bさんには「下塗りをする」作業,Cさんには「絵を描く」作業と分けてしまうと,結局,作業全体が完了する時間は短くなりませんね.ところが,それぞれの作業を3人で共同してやれば,早く終えることができます.
  また,下塗りをしても,乾くまではすぐには絵を描けませんが,一度に壁を全て塗らずに,まずは,「半分の壁の掃除と下塗り」をして,乾くのを待っている間に,「残りの壁の掃除と下塗り」をして,次に「初めの半分に絵を描き」,「残りの半分に絵を描く」とするば,実質的には,乾くのを待つ必要がなくなり,非常に効率的になります.

3人で分担するだけなく,早く仕上げるためには工夫が必要なんですね.

 はい,このように,どのような仕事の順で,そして,誰にどの仕事を頼むのかと言ったことを適切に決めるのと,決めないのでは,効率が全く違ってきます.
  この効率の良い手順を決める方法を見つけるなどは,並列処理における研究の一例となります.タスクスケジューリングといわれる領域になります.

身近な生活の中でも,分散処理や並列処理が行われているのですね.

 勿論,情報工学の世界ですから,コンピュータやCPU,CPUというのはコンピュータの内部で,計算などの処理をする部分ですが,これらに,プログラムやプログラムを分割して得られたタスクを,どのような順序で,だれに処理させるかという事になります.
 しかし,タスクスケジューリングの研究で得られた成果は,会社や工場などの効率化という面での応用もされます.

他にも色々研究されているのですか.

 そうですね,インターネットやLANで接続されたコンピュータが,自律的に判断し,そして,互いに交渉することで,負荷の分散-負荷というのは,処理しなければならないプログラムと考えてもらって良いですが,この負荷の分散を行う方法の研究,それから,モバイルエージェントといって,ネットワーク上のコンピュータ間を渡り歩きながら処理を進めていく,一種のプログラムに関する研究,携帯電話や携帯端末に利用者に適した情報,例えば,災害時に危険地域にいる人に避難を指示する情報などを伝達するシステムの研究などを行っています.また,これらの研究を進める上で必要な,大規模システムを評価するための方法,特に,シミュレーションによる評価の高速化などについても研究をしています.

携帯電話や災害時の情報伝達など,私たちの生活に役立ちそうな研究がたくさんありますね.

 他には,これは,最近取りかかったばかりで,まだ,世界的にもほとんど研究成果がでていないようですが,データや情報を他人から隠蔽するための技術として暗号というものがありますが,データや情報ではなく,処理そのものを隠蔽する,つまり,誰かに仕事を頼むんですが,その相手に,その仕事の意味を感づかれないようにする方法はないかということに興味を持って研究を始めました.これがうまくいくと,世界中に転がっているインターネットにつながれたコンピュータで,頼む相手先には,処理を引き受けてもらうことは必要ですが,機密処理の手伝いを頼めるようになります.

ちょっと研究から離れて,趣味のことを伺ってもいいですか.

 楽しんでいるというレベルのものしかありませんが,写真をとるのが好きですね.

へえそうなんですか.理系ではなくて芸術系ですね.

 自己分析的なんですが,もしかすると,メカニカルなものというのが好きだということ,めんどくさがり屋なのに記録好きというところが私自身にあるのかもしれなくって,そういったことが理由で,写真やカメラに興味が向いているのかもしれません.

どういった所で写真を撮られるのですか.

 旅行先ですね.これは,個人的に行く旅行はもちろん,出張で出かけるときにも,何らかのカメラを持って行くことが多いですね.勿論,出張の時は,会議や学会が終わってからや途中の移動中などでということになりますが,訪れた先の,景色だとか,町の様子だとかを撮影 したりしています.
 それと,メカ好き,実験好きとまではいきませんが,カメラ2台を横に並べて同時撮影をして3D写真を撮ったり,ピンホールレンズというと大げさですが,レンズ交換ができるカメラのボディーキャップを加工してピンホール写真を撮ったりといった遊びなんかを楽しむということもあります.

へえおもしろいですね.普通とは1味違った撮影を楽しまれているのですね.

 3D写真用のカメラなどは,2台のカメラで同時にシャッターが切れないと動く物体の撮影ができないんですが,2台のカメラで同時に撮影できるように,ほんのちょっとばかり工作をしましてね.それで,この間,アメリカに行ったときに,こいつを持ち歩いていたんですが,コンパクトカメラが2台並んだ変な形のものだったので目についたのでしょうけど,中には,立体写真の撮影だと気がついた人も多かったようで,向うの人たちに何度も,「ステレオ写真か?」と聞かれ,それがきっかけで,いろいろと話が弾んだりしました.

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よければ,お撮りになった写真を見せて頂けませんか.

 ちょっと前になりますが,北海道へ行った時の写真が結構気に入ってます.定山渓で撮りました.

これはすばらしいですね.では,最後に,何か高校生などの若い人に向けてメッセージをお願いします.

 大学に入学することや卒業することが目的であると短絡的に考えている人が,全体のなかに何割かいるような感じがします.これについては,ちょっと気になっています.
  若い人たち,年をとった人たちもですが,特に若い人たちに特に意識してほしいのは,大学に入ったり,卒業することが,即,大事であったり,価値があったりではなく,そこで,どれだけの力を付けたのか,どれだけ自分をのばすことができたのかということが大切であり,そういったことがあるからこそ,大学で学ぶ事,学んだという事実に価値が出てくるという事に気がついてほしいですね.
  そういった意味で,これは,愛媛大学の情報工学科の宣伝をするわけではないですが,情報工学科では,入学した人たち,つまり,学生に対して,どれだけ彼らの実力をのばすことができたのか,伸びたいと思っている人たちの希望をどれだけ満たすことができるのかということに,非常に熱心に取り組んでいると思います.
 もちろん,学習する人たち,つまり学生の意識も大事で,大学に限らず,教育というのは,一方的に与えたり,与えられたり,また押しつけたり,押しつけられたりするものではなく,学ぶ側と教える側のキャッチボールやラリー,つまり,双方の意識,行動がかみ合ってこそ,可能だと思います.
 米国では,Continuing Education,つまり「継続的な教育」といって,大学を卒業したあとも,人生の流れのなかで個人個人が積極的に自らの能力を伸ばそうとする考え方があります.そのため,向うの大学では,社会人が非常に数多く学びに来ています.もちろん,彼らの直接的な目標の中には,今やっている仕事から他の職種や業種移るため,また,今の仕事を核にして,さらに発展的な仕事ができるようにといった身近なものもあるようですが,ただ,現状に満足することなく,新たな能力を付けることで自分で切り開こうとする考え方は見習っても良いと思います.
 高校生や大学生の若い人たちも,大学へ入学することや卒業すること,就職することなどという短絡的な目標を持ったり,それを満たすことだけに必死になるのではなく,自分の人生のなかで,どのような能力を付けていくことが大事なのか,そして,能力を付けるためにはどうすればよいのかということを,しっかり考えていってほしいですね.

本日はお忙しい中,どうもありがとうございました.

 小林先生のホームページ http://koblab.cs.ehime-u.ac.jp/

(編集後記)
  いかがでしたでしょうか,工学部第1回の研究紹介.小林先生の分かり易いたとえ話のおかげで,並列処理や分散処理といったことがよくお分かり頂けたのではないでしょうか.また,写真やカメラのお話もとても興味深いものでした.写真という芸術的な楽しみの中にカメラを工夫すると言った理系的な楽しみがミックスしていて,とても楽しそうですね.では次回の研究紹介も楽しみにしていてください.