研究室訪問

 今回の研究室訪問では,応用化学科の平田章先生の研究室にお伺いしました.平田先生は,1999年に山口大学農学部生物資源科学科卒業後,2001年 3月に京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻博士前期課程を修了し,2004年3月に同大学院博士後期課程を修了されました。2004年4月から2008年7月まで米国ペンシルバニア州立大学生化学・分子生物学部で博士研究員として勤務された後、2008年8月に愛媛大学大学院理工学研究科物質生命工学専攻応用化学コース(工学部応用化学科)の助教として着任され、現在に至っておられます。今回は、先生のご専門や研究以外で興味をお持ちのことについて、いろいろお話を伺いました。

まずは、先生の研究内容について簡単に教えてください。

 端的に言うと、「タンパク質」という生体高分子を目でも見えるようにすることです。ご存知の通り、すべてのものは原子でできており、非常に小さいために目で見ることができませんが、病院でX線撮影(レントンゲン撮影)をすれば骨折している箇所が目で見えるように、特殊な手法を組み合わせてX線を使えばタンパク質も原子レベルで見えてきます。

それでは、なぜタンパク質を見えるようにするのですか?

 まず、タンパク質について簡単に説明しますね。タンパク質は、20数種類のアミノ酸がネックレス状に数珠つなぎになったもので、タンパク質の機能の違いでアミノ酸の種類や長さが異なってきます。ほら、皆さんの頭の髪の毛から、足の爪先までタンパク質でできていますよね?人間の身体の大部分はタンパク質でできていて、水分で潤っている状態なんですよ。タンパク質は、英語ではProteinという単語で、ギリシャ語を語源として第一人者という意味があるんです。ですから、我々を含む生き物の生命活動にとって、基本である最も重要なものという意味付けがタンパク質にあるみたいです。じゃあ、なんでそれを見えるようにするのかなんですが、物の形を見ればどういう感じで動くか予想できますよね。例えば、皆さんの手、大雑把に言って、なんで指が5本と手の平でできているのかな?、、、、やはり、箸でごはんを食べるといった物体を上手に掴んだり操ったりするためにそうできているですよね。つまり、物の形はその機能に依存しているということです。だから、タンパク質を目で見えるようにすると、タンパク質自体の機能が理解できるようになるんです。

では、なぜタンパク質を研究するのですか?

 タンパク質は生命の基本単位である細胞で作られていて、生命活動に重要な役割を担っています。今、話したり、心臓が自発的に動いてたりするのも、私たちが食べたものをタンパク質がエネルギーに変換して利用してくれているからなんですよ。だから、タンパク質の機能を知ることは、生命原理を理解することに繋がりますし、もっと言うと、病気に関わるタンパク質の機能を詳細に知ることで、薬の開発にも繋がることだってあるんです。

先生は具体的にどんなタンパク質を研究しているのですか?

 ヒトの場合数10万種類以上のタンパク質があると考えられていますが、生物種によってタンパク質の種類や数は異なります。大まかにタンパク質は、水に溶けるか溶けないかで、可溶性タンパク質と不溶性タンパク質に分けられます。私は、可溶性タンパク質で触媒機能を持つ酵素を研究しています。つまり、酵素はタンパク質性の生体触媒分子とういうことです。酵素の中でも、タンパク質の設計図である遺伝情報のDNAをRNAに写し取るRNAポリメラーゼという巨大分子とRNAをタンパク質合成のために使えるように成熟化させるRNAスプライシング酵素やRNA修飾酵素の構造を目で見えるように決定してその触媒機能を明らかにしています。

研究している酵素はどんな生物由来なのですか?

 好熱菌由来の酵素です。好熱菌は温泉や海中の熱水噴出口など高温の環境下で生息していて、今より高温だった原始地球に最初に存在した生命ではないかって考えられています。ですから、好熱菌由来の酵素は、生命起源を研究する材料としての価値があります。また、酵素自体、耐熱性に富んでいるため非常に安定化しており、工業的にも広く利用されていて、最近、ヒトやいろんな生物種の遺伝情報であるDNAが解読されていますが、DNAを解読するにはDNAを増幅させる技術が必要で、その増幅技術に好熱菌由来の酵素が使用されています。DNAの増幅技術を開発した人はノーベル賞を受賞していますよ。だから、好熱菌の酵素がなければ、今ある生命科学の進展はなかったかもしれません。

話を聞いていると研究ってたいへんそうに思うのですが、酵素の構造を目で見えるようにつまり決定するのはすごく難しいのですか?

 まず、高純度に精製された酵素を準備する必要があって、精製した高純度酵素に化学試薬を混ぜて酵素の結晶を作成してから、X線を結晶に照射して得られた情報を解析して酵素の原子レベルの構造を決定します。この一連の過程で難しいのは、酵素の結晶化です。必ず、高純度の酵素を用意して化学試薬を混ぜれば酵素の結晶ができるとは限らないんです。もちろん、酵素の結晶を作成するある程度の理論は確立されていますが、現状は思考錯誤して結晶を作成する必要があります。好熱菌の酵素は先ほど言いましたが、非常に安定していますので、比較的結晶を作成しやすいです。作成した結晶は、兵庫県にある放射光施設(SPring-8)に持ち込み、夜通し結晶にX線を照射してデータを収集しています。収集したデータを研究室のPCで解析すると、酵素の電子の雲が見えて、その雲の枠にアミノ酸のピースをパズルのようにすべてはめ込むと酵素の原子構造が完成します。この作業を分子モデリングと言うんですが、3D眼鏡を着けて、電子雲を3Dで表示して行います。ゲームをしている感覚で非常に楽しいですよ。でも、ここまで来るのに結構かなりの労力を費やしたりします。酵素の構造を決定できるかは、その結晶の質によりますから、研究者によっては良質な結晶を作成するのに、1年以上かかったり、はたまた5年以上かかったりもします。

なぜこのような酵素の構造を決定するといった研究に興味をお持ちになったのですか?

 皆さん、リゾチームとういう溶菌酵素を知っていますか?皆さんの唾液、汗、涙に結構含まれていて、外からのばい菌をリゾチームが殺してくれるんです。学部生の時の研究テーマが「卵白リゾチームの構造の安定性について」だったのですが、得られる結果はすべて数値ばかりで、私の頭ではイメージできなくて理解しにくかったんです。そこで、専門書を読むとなんと酵素の構造を目に見える方法があるではありませんか。それがX線結晶構造解析で、その方法を習得して酵素の構造を決定するために京都大学に行ったんです。しかし、教えてくると思ったら、指導教官が習うより慣れろみたいな職人的な教育方針だったので、当時はたいへん苦労しました。でも、好きなだけいろんな研究を勝手にさせてくれたので、自分でしっかり物事を論理的に考える力を身につけることができました。今思うと、その時の自分に必要な事を学ばせてもらったので、今の自分があると思います。今では、どうしても酵素の構造の分子メカニズムを視覚化したいという欲求、俗的にいうと「スケベ根性」で研究を進めています。

最近は、どんな酵素の構造を決定しましたか?

 最近では世界最小の生命体ARMANという好熱菌のRNAスプライシング酵素の構造を決定することができました。この構造から、RNAをどのように認識して触媒反応をするのか理解できただけでなく、独自に分子進化して機能を獲得してきたことが判明してすごく面白かったです。運よく、結晶も一週間で作成できたので、最終的に2ヶ月で構造を決定できました。

話はかわりますが、アメリカでの研究生活はどうでしたか?

 私の一生の思い出に残る充実して楽しい毎日でした。家族と一緒に過ごせたのも良かったです。アメリカは広大な土地柄のせいもあってか、大らかで、寛容的で、失敗をあんまり恐れない人が多かったです。ある意味、懐が深くいい意味でのいいかげんさを持っていて、そんな人達と接していると、本当に日本人って真面目で几帳面すぎるよなって感じますよ。どちらが良い気質かは判断できないけど、両方に良いところもあり、悪いところもあったりと言った感じで、バランスが大事ですよね。アメリカ人の研究の仕方でもそういった気質がでており、研究技術に関しては、どちらかというと日本人の方が優れているし職人的な器用さがあります。でも、アメリカ人は、そこをコミュニケーションでカバーしていて、そういった技術に長けている人と話したり、一緒に習ったりして自分一人だけではやりません。なんで、研究する時間が日本より少なくてアメリカの方が研究がスムーズにいくのか考えたところ、やはり同じ学科の他の研究室とのつながりが深かったり、講演セミナーに来る人もノーベル賞受賞者だったり、著名な研究者が来りと、うまくそういったその道で一流の人達から研究に有益な情報を持ち前の社交性とコミュニケーション能力で得ているんですね。もちろん、研究費や、研究環境設備の充実度もありますが、、、、。
 また、当時、アメリカのボスの知り合いに、ノーベル化学受賞者がいて、私がちょうど酵素の構造を決定したときに、研究室に寄っていただき、私の研究成果に対してCongratulation!といって私と握手してくださったのがすごく嬉しかったですし、アメリカのボスが酵素の構造をクリスタルの記念碑としてくれたのが今でも記憶に残ってます。

何か研究以外に趣味ありますか?

 これっといってありませんが、スポーツ全般をするのと読書が好きです。自分でいうのもなんですが、球技なら何でも大抵はうまくこなします。アメリカにいた時は、フライフィッシングにはまって、1年半ぐらいしていました。そういえば、日本に帰国してから、日本の川幅が狭くてさらに時間が無くてできてませんね。2年前から健康のためにバドミントンを始めて、昼休憩に週2回程、職員の方とダブルスの試合を体育館でしてます。最近になって、相手の方に迷惑をかけるのも少なくなってきたように勝手に思っています。後、日本には先代が追求し完成形に近づいたすばらしい伝統文化に「道」という名がついています。日本に帰国してから、そういうのを死ぬまでに学んで置きたいと思い、子供と一緒に合気道も習ってます。

では最後に,大学生や高校生へのメッセージをお願いできますか?

 健康であれば、何でも自分が思ったことをできますし、勉強すればいろんなことが見えてきます。漠然と言ってしまいましたが、自分がしたい何か、叶えたい夢を社会でマッチングさせて生きていくには、まずそのことを自分でじっくり考えて整理して相手に理解してもらう必要があります。それは、社会で生きていくうえで必須のことであり、大学ではそういう技術的なところと知識は教えますが、物事をじっくり考えることは教えてないと思います。せっかく、皆さん、結構自由な時間があって企業みたいに結果をそんなに求められないのですから、なんでもいいから物事をじっくり考えて、自分なりの答えをじっくり出してみませんか?簡単にすぐに出る答えなんて研究ではそんなにインパクトがありませんし、実験しながらいろんな結果を整理してまた実験して結果を積み重ねてやっとある問いに対する事実に近い答えがでてくるんです。電子レンジを使って、瞬間的に「チン」みたいに、すぐにはうまくいかないし、そこが研究の醍醐味でもあります。自由な時間が取りやすい大学の時代に(もちろん時間がとれればいつでもいいです)、スピード力を求められる社会に逆行して、知識を詰め込む以上に物事をじっくり考えることを大事にしてもらいたいですし、もっといえば、考えたことを相手にうまく伝える大切さも知ってほしいです。偉そうに言ってしまいましたが、自分にもそのことを常に言い聞かせているんですよ。