研究室訪問

 今回の研究室訪問は、応用化学科の山口修平先生にお話を伺いました。山口先生は、名古屋工業大学大学院工学研究科博士後期課程(物質工学専攻)を2004年3月に修了後、1年間同大学院で産官学連携研究員として勤務された後、2005年4月より3年間科学技術振興機構の博士研究員として東京大学大学院工学系研究科で勤務され、2008年4月より同大学院で特任研究員として勤務された後、2008年11月に愛媛大学大学院理工学研究科物質生命工学専攻応用化学コース(工学部応用化学科)の講師として着任され、現在に至っておられます。今回は、先生のご専門や研究以外で興味をお持ちのことについて、いろいろお話を伺いました。

まずは、先生の研究内容について簡単に教えてください。

 かなり大雑把にいいますと、「環境調和型遷移金属錯体触媒の開発」というのが私の研究テーマです。分子設計を行った遷移金属錯体や金属酸化物を導入した固体触媒を用いた反応系を開発することで、環境への負荷を軽減すること、つまり、環境に優しい触媒の開発を目指しています。

環境への負荷を軽減、環境に優しい…というのは、どういうことですか?

 それでは、もう少し具体的に説明しますね。
 有機基質の水酸化反応は、有機合成化学・有機工業化学プロセスにおいて最も重要な反応プロセスの一つとして知られています。例えば、ベンゼンからフェノール、メタンからメタノールなど有用な化合物の水酸化反応が知られています。特に、フェノールの合成はクメン法が有名だと思います。高校生の頃に学習しますよね。思い出してほしいのですが、この反応は多段階の反応プロセスで進行しますので、副生成物がたくさんできるし、合成に要するエネルギーもたくさん必要となります。このような水酸化反応が一段階のプロセスで進行すれば、多段階の反応で使う試薬、溶媒、エネルギーを減らすことができることは、簡単に想像できると思います。これが環境負荷を軽減する一つの方法です。

多段階を一段階に…本当にそんなことはできるのですか?

 実は生体系にヒントがあったのです。遷移金属イオンを含んだ酵素がたくさんあるのですがその中で、ベンゼンからフェノール、メタンからメタノールへの水酸化反応を一段階で進行させる酵素が存在しています。しかも、水を溶媒、酸素を酸化剤として常温・常圧で選択的に水酸化反応を進行していることから、非常に環境に優しい反応条件といえます。そのような酵素の反応が進行する部分には、単核、二核の銅や鉄イオンで構成された活性中心があることがわかっています。ただ銅や鉄イオンを使えば、水酸化反応がうまくいくかといえば、そうではありません。酵素の活性中心を模したモデル錯体が多く報告されていますが、選択的水酸化反応はほとんど実現されていないのが現状です。

それでは、どうして酵素を使わないのですか?

 当然の疑問ですね。単に選択的に水酸化反応を進行させるだけであれば、酵素ほどいい触媒はありません。しかし、工業化や反応の汎用性を考えると、溶媒、pH、温度、酸化剤を変える必要があります。それらの条件が変わってしまうと酵素は簡単に変性して活性を失ってしまいます。さらに酵素は分子量が巨大であることも問題として挙げられます。そこで変性が起きないできるだけシンプルな低分子量の遷移金属錯体で同様な系を創りたいと考えています。先程、錯体を用いた系ではうまくいっていないといいましたが、主に生成物の選択性が低いことがその原因です。たとえ水酸化反応が進行しても、さらに酸化されてアルデヒドあるいはケトンへの酸化が進行することが挙げられます。また、このような錯体触媒は、通常、反応溶液に溶けていますので、分離・回収・再利用は基本的にできません。

解決方法はあるのですか?

 分離・回収・再利用を実現するためには、錯体触媒を固体の状態にすることが考えられます。固体であれば、濾過するだけで分離・回収できます。また、それを再利用できるわけです。
 金属錯体を固定する方法として、シリカなどの担体へ含浸担持や表面修飾などの方法がありますが、現在、多孔性材料であるゼオライトを利用しています。ゼオライトの一種であるY型ゼオライトはスーパーケージと呼ばれる大きな空孔を持っており、金属錯体を閉じ込めることができます。このスーパーケージ内に鉄錯体を合成し、シクロヘキセンという基質と過酸化水素を酸化剤として用いて酸化反応を行ったところ、2-シクロヘキセン1-オールつまりアルコールが約90%という高い選択率で生成することがわかりました。この反応を鉄錯体のみで行った場合、アルコールの選択率が著しく低いことがわかっています。しかもスーパーケージ内に鉄錯体を閉じ込めた触媒は3回繰り返し同じ反応を行っても選択率は約90%を保っていました。また、水溶媒中で反応を行うと、このゼオライト触媒は同様なアルコールの収量とほぼ100%という非常に高い選択率を示すことがわかりました。

他に取り組まれている研究などはありますか?

 先ほど紹介しました酸化反応のための固体触媒以外に他にもいくつかの研究テーマがあります。その中の一つを紹介します。
 昨今、エネルギー問題が大きな話題となっていますが、バイオ燃料の一種であるバイオディーゼル燃料の合成反応を促進する固体触媒の開発をしています。バイオディーゼル燃料というのは、油とメタノールをエステル交換反応させることでできる脂肪酸メチルエステルのことで、酸や塩基が触媒として働くことが知られています。実際に、硫酸や水酸化ナトリウムなどが触媒として用いられています。これらの触媒は均一系触媒であることから反応後に触媒の分離・回収が困難であることがわかっているので、酸化カルシウムなどの固体塩基触媒がよく研究されています。これまでに私たちはモルデナイトというゼオライト上に酸化カルシウムを担持させることで、通常の酸化カルシウムに比べ、触媒活性を約10倍高めることに成功しています。しかしながら、反応中にカルシウム成分が溶け出すという問題点が残っています。また、食用油などに数%以上含まれる脂肪酸によりカルシウム成分が反応し、活性を失うことも知られています。そこで、脂肪酸をエステル化できる酸触媒を用いて、さらに有用性の高い固体酸触媒を開発したいと考えています。このような研究を通して、少しでもエネルギー問題に貢献できればと考えています。

先生の考える研究の魅力とは何ですか?

 学生自体と今では多少考え方が変わってきてはいますが、変わらないところは、「世界中のだれよりも早く、間近に新しい分子や現象を見ることができる」ということです。学生時代は、とにかく今までに報告例のない新しい有機物質(配位子など)や金属錯体を合成して、それを単結晶X線構造解析して、その分子の構造を見ることが楽しくて仕方がありませんでした。現在は、学生時代の新しい物質を合成すること以外にも、新しい合成方法や新しい現象を見つけることも楽しみの一つになりました。ときに、別のことをしたかったのに予想もしなかった結果が出ることがあります。注意していないと見落としてしまいそうですが、それが一般の常識では起きないことであれば、新しい現象ということになります。予想外の結果が出たときは、例えそれが新しい現象でなくても少しわくわくしてしまいます。面白いかもしれない…って。特に金属の科学はまだわかっていないことが多いのでまだまだ面白いことがたくさん残っていると思っています。

話は変わってしまいますが、何か趣味はありますか?

 研究自体が趣味のようなもので…。強いていうのであれば、休日に映画を観に行ったり、本を読んだりといったことですね。最近観た映画は「はやぶさ」ですね。今年の大きなニュースになりましたが、イトカワへ小惑星探査機であるはやぶさが行ってサンプルを持ち帰るわけですが、その過程が一人の研究者の卵の研究員の視点から描かれていて、その研究員の人の生活を見て、とにかくがむしゃらに研究していた修士・博士課程の頃を少し思い出したりして、なかなか興味深い映画でした。ホラー映画以外は結構なんでも観ています。本も専門書はもちろんいつも読んでいますが、それ以外に推理小説などいろいろと読んでいます。推理小説を読んでいると、仮説を立て、それを検証していくというものもあって、研究と似ているなと思うこともあります。関係ないと思って読んでいても、時々、いろいろなことにはっと気づかされることがあります。

では、最後に若者へのメッセージをお願いします。

 昔からいわれていることですが、「好きこそものの上手なれ」という言葉にいいたいことは集約されます。好きなことであれば、疑問に思えば進んで自分から調べて知りたいと思いますよね。これが大事だと思います。でも、勉強は…って人もいるとは思いますが、特に理系科目はすべてが科学(サイエンス)に繋がっています。少しでも興味があるところからどんどん疑問を持って掘り下げていくとどんどん世界が広がっていくと思います。とにかく、ポジティブに物事をとらえて、いろいろなことに興味を持って、勉強や研究やスポーツなど、いろいろなことにトライしてもらいたいですね。

本日はどうもありがとうございました。