研究室訪問

 今回の研究室訪問は,応用化学コースの林 実 准教授にお話を伺いました。林先生は,京都大学大学院工学研究科博士課程(合成化学専攻)を修了後,東京大学大学院工学系研究科助手を経て,平成12年10月に愛媛大学工学部応用化学科に講師として着任され,現在大学院理工学研究科准教授としてご活躍中です。今回は,先生のご専門や研究以外で興味をお持ちのことについて,いろいろお話を伺いました。

それではまず,林先生の現在の研究テーマについて教えてください。

 私は今,反応有機化学研究室というところで研究をしているのですが,分野名のとおり有機合成化学の研究をしています。とはいっても何をしているのかわかりにくいですよね。簡単に言うと,有機化合物を作るための新しい反応とか,薬品,触媒を考えて作ったり,それらを使って新しい有機物質を作りだすような研究をしているんです。

それは何かの役に立つものなんですか?

 ははは(笑)。有機合成化学について説明しようとすると,必ず訊かれるんですよね。いつも「そうそう,薬とかを作るための化学反応を調べているんですよ」と答えるんですが,何の薬を作ってるんですか?とか訊かれたりして。
 もちろん私たちは薬そのものを作ってるわけじゃなくって,薬なんかを作るときに使えるかもしれない化学の道具を作ろうとしているんです。例えば同じ建築物を建てるのでも,人力の道具で作業するより,電動工具とか重機があった方が速くできますよね。要するに,私たちは,この道具(化学反応や触媒)を進歩させて,目的の建築物(有機化合物)をより簡単に速く作れるようにしたり,その道具がなければ今まで出来なかったようなものを創り出そうとしているんです。もちろん,そうしてできた化学反応や化学物質が役に立つものになれば最高ですけどね。
 実は我々の周りには様々な化学物質が生活に密着したところで使われているんです。まあ,普段は意識しないかもしれないですが。ほら,その携帯電話だって,周りのプラスチックも,表示の液晶も,電池も,それから中に入っている電子回路も。この携帯電話という製品を生み出すためにものすごい数の化学物質が使われているんです。で,その多くが有機化合物で,有機合成反応を使って作られているんです。製品の表舞台にはなかなか出てこない技術ですが,今の便利な生活を一番下で支えているとても大事な技術,それが有機合成化学なんです。もっと言うと,周期表の元素を自由に操って,これまで誰も創ったことのないような物質を創造することができる唯一の技術,それが有機合成化学だと思っています。なにせ,原子一つ一つの繋がり方をコントロールしてナノサイズよりも小さい分子の形を作り上げていけるのですから。

概念はなんとなくわかりました。では,具体的に今研究されている内容についてもう少しご説明頂けますか?

 今は大きく分けて2つのテーマについて研究をしています。一つは,新しい触媒の研究,特に炭素と炭素を効率よく繋ぐための触媒の開発をしています。具体的には,触媒金属の周りを取り囲んで反応の仕方を変えてくれたり,触媒の性質を変えたりする,「配位子」と呼ばれる有機化合物を色々考えて設計し,触媒の性能を上げたり,今まで出来なかったような反応を起こしたりする触媒を探したりしています。
 もう一つは,有機色素材料の研究をしています。まあ,もともとは色素の研究じゃなかったんですが,偶然見つかった反応で面白い色素が出来ることを見つけて,それから色素の研究をするようになりました。色素って色んなところで使われているんです。例えばインクジェットプリンタとか,DVDとか,あと最近では有機ELとか有機太陽電池とか。すごくいろいろ応用されている分野の研究なので,自分たちが見つけた色素が何かに使えたらいいな,と思って,研究を進めています。まあ,まだ基礎的な合成反応研究の段階ですけどね。

それらのテーマはいつから?愛媛にきてから始められたのですか?

 もともと学生時代から有機金属化学という,触媒を使うような分野の研究をしていました。で,東大助手時代に,配位子を工夫して新しい触媒反応を開発する研究を始めました。愛媛に来てからは扱う化合物は変わっていますが,触媒開発で新しい物質を創造しようという考え方は変わっていません。新しい作り方(反応)を見つければ,それまで誰も作れなかったような物質も創り出すことが出来ますからね。
 実際,色素の研究は,その通りになった結果なんです。先ほども言ったように,実験中に偶然見つかった反応で出来たものがキッカケです。反応を見つけたのはここで卒論の研究を始めたばかりの4回生で,配位子作りの反応をやっていたんですが,偶然ある組み合わせで反応させたフラスコの中身が真っ黒になったのに気付いたんです。まあ,普通の化学反応やってて中身が真っ黒になったら大抵は失敗なんですが,彼はその真っ黒の中身を一生懸命分けてみたんです。そしたら,虹色のすごくきれいな色素がいっぱい出来ていた。これは面白そうだな,と直感しました。それから色素の研究がスタートしたんです。

ということは,誰にでも新しい発見のチャンスがあると?

 そういうことです。実験する側が,化学反応が教えてくれる情報を見逃さないようによく注意して観察していれば,必ず新しい発見があるものと思っています。今までにないものを創り出そうと思っているので,既成概念にとらわれて「こうなるはず」っていう思いこみをしないように注意しています。

お話を伺っていると,実験が多いように思いますが,実際にはどのようにして研究を進められているのですか?

 おっしゃるとおり,私たちの研究はほとんどが化学実験です。もちろん,反応や化合物を設計したり,できた化合物を分析したりすることもしていますが,研究の大半はフラスコ内での化学反応実験になります。実際には,研究は研究室の院生,学生を指導しながら共同で進めていますので,実験のほとんどは,彼らが毎日朝から夜中までがんばって進めてくれています。本当は自分でやりたいんですけど,今は私の実験台も無くなってしまうほど人数がいますので。今私が直接実験指導しているのは,博士後期課程1名,博士前期課程4名に卒論生が4名,それから,応用化学科には,「早期卒業」といって,成績が優秀で意欲があれば半年早く卒業して大学院に進める制度があるんですが,今年その早期卒業対象者が私たちの研究室にやってきましたので計10名で,みんな頑張ってくれています。特に私は,学生さん達が社会に出ていろいろな問題に遭遇したときに自ら解決できるように,いわゆる指示待ちの手だけ動かす学生にならないよう,自分で考えて解決する姿勢を求めていますので,みんな自分の実験をうまく行かせるために考えてアイデアを出し,やりたい実験があれば夜も休みも関係なくやっているようです。もちろん一人一人違うテーマで研究をしていますので,学生といえども「自分」の研究に対する思い入れは相当なものです。

大変そうですね。でもどうしてそんなにみんな頑張るんですか?

 自分のアイデアや努力の結果が,新しい反応や化合物という形になって,うまくいくと永遠にその成果が残るんです。世界のどこかで研究者の役に立つかもしれない。もちろん,学生でも研究を学会で発表しますし,海外の専門論文誌に論文発表すれば,共同執筆者として自分の名前が載った自分の成果の論文を世界中の研究者に見てもらえる。そんな,世界レベルのことができるんです。論文を発表してすぐに,海外の研究者から「その反応を使いたいんだけど,詳しいやり方を教えてくれ」といったメールを頂いたりすると,本当にうれしいですね。またそれがうまく行ってその人達の論文に引用してもらうのがとても誇らしいことです。新しい反応とか化合物とかを開発しているという研究の性格上,他の研究者に使ってもらって初めて価値が出るんです。そういう意味では,自分の研究が他の研究者の論文に引用されると,本当に役に立っていることを実感できて,とてもうれしいですね。
 愛媛に来てからの仕事も,海外のある有名な有機化学試薬事典の編集者から依頼されて,新しい有用な試薬ということで,項目の記事を執筆しました。自分たちがやっている研究が海外の研究者から評価されているということで,とてもうれしかったですね。また次がんばろう,っていう気になります。そんな感覚を一生懸命頑張った学生さん達と共有しているので,みんな頑張ってくれるんじゃないかと思っています。
 私も学生時代から実験が大好きで,自分の実験をしている時間がとても幸せでした。考えに考え抜いた実験のアイデアが実際にうまく行った時はもう,最高です。そういえば,学生時代にこんなことがありました。新しい反応を考えてなんとかうまく行かせようとしていた時,寝ている最中にあるアイデアが浮かんだんです。夢の中だったかどうかわかりませんが,とりあえず,「これで行ける!」って思ったアイデアだったんです。が,時間は夜中の3時。でもそのまま寝てしまったら忘れてしまうかも,っていう気持ちと,早く試したくて仕方ない,っていう気持ちの方が強くて,結局そのまま起き出して研究室に向かいました。で,そのアイデアは見事うまく行ったんです。結果を論文にまとめることも出来ました。まあ,そのくらい実験好きだったんですが,最近は実験以外の仕事が多くて,専ら院生,学生のみなさんが実験してくれているのを一緒に見ていることの方が多いですね。

卒業生の方はどうされているんですか?

 いろいろです。学部で卒業して企業に行く人もいれば,博士の学位をとって研究者目指してポスドクをやっている人もいます。業種も様々で,先ほどの色素を見つけてくれた卒業生は今はITベンチャーでSE(システムエンジニア)をやっています。全然化学じゃないんですが,今でも時々研究室に顔を出してくれて,「分野は違っても,ここで学んだ考え方はどこでも同じで,本当に役に立ってます」って言ってくれてます。卒業生が社会に出てがんばっている,活躍しているっていうことを聞くのが,私にとってのもう一つの幸せですね。

応用化学科HP 先輩からのメッセージ 一番上と一番下が私のところの卒業生です。

あっ,研究室の学生さんが入ってこられました。院生の方ですか?

 はい。

先生は,どんな先生ですか?

 とても熱心な先生です。普段からよく研究の魅力や,それに対する熱い思いを私たち生徒に語ってくださいます。私は元々「有機化学」や「研究」に興味がなかったのですが,林先生とお話しをするうちに,だんだんと興味を持つようになり,大学院への進学を決めてしまった程です!!

研究室ではどんなことをしているんですか?

 毎日実験をしています。たまにみんなでソフトボールをして体を動かしたりもしています。

(実験のことを相談して実験室に戻っていきました)

先生のところにはよく学生さんが出入りしているのですか?

 そうですね。研究室の学生はもちろん,講義や実験を受け持っている2回生とか3回生とかも,しょっちゅう来ます。いつも学生の話の輪の中に入っていくので,気軽にいろいろ相談できるのかもしれませんね。いい意味であまり大学の先生っぽくなく思われているのかもしれません。

それでは,次に研究以外のことについてお話しを伺いたいと思います。大学では研究以外にどんなことをされているのですか?

 私は有機化学が専門ですので,有機化学の講義とか学生実験とかを担当しています。高校などでは,有機化学は暗記科目のように扱われているように思うのですが(実際私もそうでした),理屈をちゃんと理解すると,覚えなくても反応がわかるようになるんです。先ほども言ったように,有機化学の面白さって,ちょっとわかりにくいんですが,私は有機化学が大好きなので,講義を聴いている学生さんに,すこしでもその面白さがわかるように,一生懸命しゃべっています。
 それから,中・高校生や子供に,もっと科学,特に「化学」に興味を持ってもらおうと,化学実験のイベント,例えば,出張実験や化学展,大学祭の時の科学フェスティバルなどに協力したりもしています。世の中の便利なモノ,例えば携帯電話や液晶テレビ,パソコンも自動車も,また衣服や薬も,とても多くのものが化学の力なしには存在し得ないもので,私たちが研究しているような化学が先端技術を含めて世の中を支えている,ということを知ってもらい,化学の道を志す人が少しでも増えたらいいな,と思ってやっています。

大学以外では,どんなことをされているのですか?趣味とか?

 そうですね。あまり趣味らしい趣味はないんですが,健康を考えて少し運動するようにはしています。ジムに行って泳いだりとか通勤途中に歩いてみたりとか。ゆっくり運動している最中に,ふといいアイデアが浮かぶことがあるんです。どうしても研究のことが頭から離れないみたいですね。まあ,余り時間がとれないので最近さぼり気味ですが。運動とあわせて,音楽も好きですね。結構落ち着くのでクラシックを聴いていることが多いです。あまり詳しくはないので,なんとなくモーツァルトとか有名どころですかね。
 あとは,車とかバイクとかは好きですね。愛媛に移ってきた頃の最初の学生さんが,大型バイクに乗っていてね。学生時代から十数年もブランクあったんですけど,無性に乗りたくなって。30過ぎてからバイク買って楽しんでました。もう今はぬくぬくと車に乗ってしまいますけど。

研究も趣味も,好きなものはとことんされてしまうようですね。では最後に,大学生や高校生へのメッセージをお願いできますか?

 講義をやっていて言うのもなんですが,本当の勉強とは,講義で習うものじゃないと思うんです。教科書をいくら勉強しても,過去に誰かがやってわかっていることをまとめてあることを「知る」だけで,新しく何かを切り開く,創造する力にはならないと思うんです。もちろん,基本的な知識として教科書に書いてあることを知り,理解する必要はありますが,本当の「力」は,正解のない,新しい課題に取り組むときに自分で解決する力だと思うんです。そういう意味では,受験勉強とかで,問題の解き方を訓練して,大学に入っても,やっぱり試験ができるようにテスト前に練習して,ってやっていると,全然本当の力にならないように思うんです。
 自分で興味を持って,疑問を持って,その問題を一つ一つ解きほぐして,調べて,試して,そして解決する。そんなことの繰り返しで本当の力がつくんじゃないですか。今,研究室で頑張っている学生さん達をみていて本当にそう思います。まあ,受験勉強はしないと,困りますけど。基本的な知識の欠如は問題ですからね。
 でも,一つくらい,自分の興味を持ったものを突き詰めてみる,って大事だと思いますよ。学問だけじゃなくって,スポーツでも,サークルでも,バイトでも。本当に寝る時間も惜しいくらい何かに没頭してみる,そんなことが許されるのは学生の間だけでしょうからね。教員の立場としては,学問とか研究とかに没頭して欲しいんですけど。

本日はどうもありがとうございました。