研究室訪問

 今回の研究室訪問は,応用化学コースの田村 実准教授にお話を伺いました.田村先生は,千葉大学理学部化学科を卒業後,1975年筑波大学化学系大学院に進まれ,1979年中途退学されて,大分医科大学生化学教室に助手として着任されました(1984年に学位を取得).その後1992年には愛媛大学工学部応用化学科に助教授として着任され,2007年准教授となり現在に至っておられます.この間1987~88年には米国エモリー大学医学部に博士研究員として留学されました.今回は田村先生に研究テーマをはじめいろいろとお聞きました.

分野名が分子生命化学ということですが.

 はい.生命を分子の目で見る,という意味で名付けました.生化学と遺伝子工学を中心とする研究室です.

現在の研究を教えて下さい.

 一口でいうと「O2-発生型 NADPH オキシダーゼの研究」ということになります.

具体的にはどのような内容ですか.

 まずO2-ですが,これはスーパーオキシドともいい,活性酸素の一種です.O2-は私達の身体で,生体防御や細胞増殖など生命の根幹に関わる重要な働きをしています.たとえば,白血球は病原菌を捕らえると,O2-を発生して殺菌します.このO2-を意図的に生成する酵素が NADPH オキシダーゼというわけです.しかし,O2-は我々自身の細胞にとっても有害で,その過剰な産生は炎症など様々な障害を引き起こします.それで,O2-の産生は厳密に制御される必要があるのです.私達の身体には,そのための巧妙なしくみが細胞レベルおよび酵素レベルで備わっていると思われますが,まだ不明な点が多いのです.

活性化のしくみとはどういうことですか?

 この酵素は本体シトクロムだけでは活性がなく,複数の活性化因子が会合して初めて活性を現わします.活性化因子の実体は何か,どうやって活性化するのかという点が知りたいことです.それとそもそもスイッチを on にせよ,という情報が細胞外から酵素までどうやって伝わるのか,ということにも興味があります.

どうやって調べるのですか?

 いろいろな手法を使うのですが,私達はまず,酵素を安定化することから始めました.というのはこの酵素はとても不安定で,調べようにもとりつくしまがなかったのです.酵素材料はヒトやブタの白血球から精製し,活性化因子は遺伝子工学でつくりました.このほかに酵素を含む膜を使う方法,細胞そのものを使って調べる方法もあり,実験の目的によって使い分けています.

どういうきっかけで始められたのですか.

 アメリカ留学がきっかけです.留学先でこの酵素に出会いました.滞在した研究室の教授はこの酵素の解明を始めたところでした.当時はまだ酵素の実体がつかめず幻の酵素と呼ばれていたのです.

留学は順調でしたか.

 はじめの6ヶ月ほどは英語に慣れず,コミュニケーションがうまく行きませんでした.ところが,あることをきっかけにうまくゆくようになったのです.ある時,教授の家でパーティーがあり,そこで私は余興としてキーボードでビートルズを弾いたのですが,これが大ウケでした.特に教授は音楽が好きで,知っている曲も共通していたのです.それからは研究以外にも話題ができ,話がしやすくなりました.それからの1年半は研究も順調で,アメリカ生活を大いに enjoy できました.その教授とは今でも公私にわたって交流を続けています.

愛媛に来られてからの成果はどんなものですか.

 キーワードでいうと,スペルミン,ホスファチジン酸,アクチン,酵素架橋,タンパク質融合,酵素の超安定化,複合体の構造の予言,といったところです.前の3つは細胞の中にあって酵素を活性化,または阻害する成分の発見です.後の方は酵素の安定化と構造に関するものです.これらは,いずれも国際的な専門誌に掲載していますが,2001年の JBC 論文(遺伝子工学でタンパク質因子を融合させて自発的に活性化する酵素を実現した)は,とくに完成度が高く,会心の作です.最近ドイツの製薬メーカーが,この改変タンパク質を酵素活性検出のプローブとして利用し,新しい抗炎症剤を見い出そうとしています.このほか,工学部らしい仕事として,2005年には,この安定化酵素をさらに改良して,これまでにない簡便なO2-発生デバイスを開発しました.これについては特許の出願もしています.

今後の目標はどんなことですか.

 白血球の NADPH oxidase はかなりわかってきましたが,それでもまだ十分ではありません.今後は活性化のしくみをより確実なものにしていきたいと思っています.また予測した活性状態の構造の真偽を確かめたいと思います.
 また,最近白血球以外のさまざまな細胞にも似た酵素が数種あってそれぞれ特有の働きをしていることが示唆されるようになりました.これには細胞増殖やシグナル伝達,レドックス制御といったより生命の根幹に関わるような働きを含んでいます.これらの酵素については見つかったばかりで,活性化に関わる因子タンパク質もしくみもまだはっきりしません.これらについて明らかにすることが次の目標です.さらに,新しく開発したO2-発生デバイスをO2-発生ツールとして,血管や脳などいろいろな細胞への活性酸素の影響をしらべるつもりです.

先生のテーマは医学にどのように役立つのでしょうか.

 さきほども申しましたようにO2-は私達の身体で様々な働きをしていますが,その過剰な発生は,宿主細胞にとって有害です.それでこのO2-の生成酵素 NADPH oxidase の調節の乱れは,ただちに病態を引き起こすと思われます.実際O2-が生活習慣病など様々な病気の原因となっていることが,近年盛んに指摘されるようになってきました.それで,この酵素の実体と活性調節のしくみを知ることは,阻害剤のデザインを可能にし,ひいては治療薬の開発につながるのです.また,現在進行中のO2-の細胞への影響を見る研究は,O2-が関わるたくさんの病気の原因や病態の解明に役立ちます.

ところで学生時代のお話をうかがいますが,生化学を選ばれたのはなぜですか.

 大学では化学を専攻して,はじめは有機化学に興味をもったのですが,3年のときに,授業で使った英語総説に出ていたリゾチーム(酵素)の立体構造モデルに強く惹かれたことが,生化学に興味を持つきっかけになりました.そして大学院のときにワトソンの「二重らせん」という本を読み,生化学の研究をしたいという思いが決定的になりました.もともと身体のしくみに興味があったということもあります.

部活動などはされていたのですか.

 はい.ヨット部に入っていました.海が好きですし,楽しくはあったのですが,そのヨット部というのが実に激しいものでして,合宿がやたらに多く授業に出られないこともあり,勉強との両立はなかなかむずかしいものがありました.それでも2年間は何とか続け,3年になってからは遅れを取り戻すべく,勉強に集中しました.

ところで,愛大の学生はどうですか.

 勤勉かどうかはともかく,潜在能力は相当なものだな,と感じることがあります.それを引き出せるかどうかが,教官の役目かなとも思います.とはいえ,やる気を起こせるかどうかは紙一重です.教官の熱意だけでなく,本人の自覚が大きくものをいいます.

講議で苦心されることは.

 クラス90人の中でも学力には相当の差があります.講議をするときにどのレベルに合わせるのかが悩ましいところです.自分が学部時代,優等生ではなかったせいでしょうか,ついついできない学生のことが気になってしまうので,全員に目が行き届くように心掛けています.

研究上苦心されることは何ですか.

 学生は1人1人みな違った個性を持っています.そして実験は学生さんにやってもらうので,それぞれの個性にあわせて,いかに指示を伝え,指導を徹底するかに苦心します.困難を工夫して共に乗り越えたときの喜びは格別のものです.この成功体験を重ねることで自信をつけて欲しいのです.

御趣味は何ですか.

 音楽全般で,聴くことも弾く(キーボード,ギター)ことも好きです.学生時代に聴いた70年代のロックが中心ですが,その他クラシックやポップスも聴きます.高校生の息子の影響で,最近の曲も時々チェックを入れています.その流れで本学では音楽サークルの顧問もしています.
 あとは,雑木林の中を散策するのが好きです.樹木に囲まれているとそれだけでリフレッシュできます.小川や池があればなおいいです.スポーツはたまにテニスをします.

若い人達に伝えたいことがありますか.

 自分が「飯より好き」なことを早く見つけて欲しいと思います.若いときにごはんを食べるのも忘れて何かに没頭する,という経験はとても大事なことです.そして学生時代はそれを体験しやすい環境にあります.それが学問であっても,趣味であってもよいけれど,若いうちに何かひとつ自分だけの「これだけは」というのを見つけて欲しい.それが将来自分のエネルギー源になります.

座右の銘というようなものはありますか.

 「運命とは,何も意志を加えない時の自分の人生である」という稲盛和夫さんの言葉が好きです.

本日はお話を聞かせていただきありがとうございました.