研究室訪問

 今回の研究室訪問は,応用化学科の山下浩助教授にお話を伺いました.山下先生は愛媛大学工学部資源化学科を卒業されたOBで,現在愛媛大学工学部応用化学科の助教授をされています.山下先生は種々の界面を用いた無機・有機化合物の分離・分析法の開発,水溶液並びに高温ガラス融体中の微量金属イオンの分別定量法の開発,及び固体NMRによるガラスの構造解析に関する研究をされていますが,具体的にどのような研究をされているのかについて,できるだけ易しくお話頂きました.

まずは,山下先生の研究テーマについてお話頂けますか.

 いくつかあるのですが,それをおおまかにまとめると,種々の界面を用いた無機・有機化合物の分離・分析法の開発,水溶液並びに高温ガラス融体中の微量金属イオンの分別定量法の開発,及び固体NMRによるガラスの構造解析に関する研究を行っています.

難しそうですね.できるだけ易しく説明して頂けますか.

 それでは界面を用いた無機・有機化合物の分離・分析法について説明させていただきます.界面活性剤という言葉を耳にしたことがあると思いますが,私達の身近では,シャンプーやリンスがその例です.これらは,水になじみやすい性質と水になじみにくい性質を併せ持っています.洗濯に使う洗剤もそうですね.この性質のため,界面活性剤を水に溶かすと水と空気との界面にならびます.また,水になじみやすい部分に電荷を持たせることにより,その反対電荷のものと静電的にくっつき,界面に濃縮させることが出来ます.

おもしろそうですね.実際にどのようなところに使われているのですか.

 平成15年2月に土壌汚染対策法が施行されました.この法律は,特定有害物質を製造,使用又は処理する施設の使用が廃止された場合,土壌汚染による健康被害が生ずるおそれがある場合に調査を行うとされています.従って,汚染土壌中の特定有害物質の効果的な除去方法の開発が急務となっています.そこで,私は界面活性剤を用いた有害物質の効果的な除去方法を開発しました.まず,ある種の薬剤を混ぜて土壌中の有害物質(ここでは特に重金属イオン)を抽出します.そのpHをコントロールすることにより金属水酸化物を生成させます.土壌中には必ずと言っていいほど鉄が共存していますから,その鉄も一緒に水酸化物を形成し,沈殿していきます.鉄が沈殿する際,他の重金属イオンも一緒に沈殿していきます.これを共沈といいます.鉄の沈殿の表面は正の電荷を持っていますから,水になじみやすい部分に負の電荷を持った陰イオン界面活性剤とくっつき,水と空気の界面に集まります.水の中に微小な空気の泡を送り込んでやって,水と空気の界面をたくさん作ってやると瞬時に鉄の沈殿が界面に集まり,重金属イオンも瞬時に濃縮されるわけです.

ずいぶん簡単な方法で除去できるんですね.それでは,微量金属イオンの分別定量法についてもお話いただけますか.

 水溶液に電極を入れ,その両端に電位をかけると,陽極では酸素が,陰極では水素が発生しますね.

水の電気分解ですね.

 水溶液中に金属イオンが存在していると,そのイオン特有の電位をかけたところで金属イオンは還元され,電極間に電流が流れます.したがって,電流と電位の関係をみてやれば,水溶液中にどんな金属イオンがどれだけ存在しているのかが分かります.常温でガラスは固体(正確に言うと過冷却液体ですが)ですね.しかし,ガラスの融点以上に温度を上げてやれば当然液体になり,電気を流すことも出来ます.この液体の中に電極を入れて電流と電位の関係をみることにより水溶液中と同様にガラス中に存在する金属イオン種とその存在量が分かるわけです.

それが分かるとどういうことに利用できるのですか.

 ガラスは私たちの身の回りのいたるところで使われていますね.窓ガラス,光ファイバー,テレビブラウン管,最近では液晶ディスプレー用ガラスなどがあります.これらのガラス製造過程でガラス原料由来のガスが発生し,それが製品中に残存すると光がまっすぐ通らなくなりますから非常に困ります.そこで,いかにして泡を取り除くかということになります.スズとかアンチモンといった金属イオンは,高温側では低原子価で,低温側では高原子価で存在します.またこれら金属イオンは酸化物として存在していますから,高原子価であれば低原子価の場合よりもより多くの酸素を取り込むことが出来ます.

分かりました.ガラス中にスズなどの金属イオンを入れてガラスを溶かし,温度を上げたり下げたりすることで,酸素を放出したり,取り込んだりすることが出来るのですね.

 そうですね.先ほどお話しましたように,ガラス製造過程で原料由来のガスが発生し,ガラス中に泡となって存在します.ガラスが溶けているといっても,水のようにサラサラではありません.したがって,ごく微小な泡はなかなか上昇することは出来ず,そのまま冷やして製品にしてしまうと泡は残ったままとなってしまいます.そこで,温度を上げてやって酸素を強制的に発生させ,微小な泡とくっつけて泡を大きくしてやります.すると上昇してガラスから泡が取り除かれるわけです.しかしこれだけではまだ微小な酸素の泡が残ってしまいますから,温度を下げて酸素を取り込むわけです.こうして泡のないガラスが出来るわけです.

なかなか面白いですね.もうひとつのテーマのガラスの構造解析についてもお話いただけますか.

 病院で検査をする際,MRIという機械で身体の断層写真を取った経験がありますか.

ああ,身体を輪切りにした状態を見ることが出来るものですね.

 そうです.一言で言うと,私たちの身体に存在する水素原子の周りの状態を映像化したものです.専門的な言葉では,この機械のことを核磁気共鳴装置と言い,種々の原子の周りの状態をみることが出来,ガラスの局所構造が分かるわけです.私達の仕事の一つは,自然現象を単純な式で表すことだと思います.今やっていることは,ガラスの組成が分かれば,ガラスの構造は核磁気共鳴装置のようなものを使わなくても計算で求められることを試みています.数例ですが,組成と構造との関係の式化に成功しました.これにより,最終的にはわざわざガラスを作って種々の物性値を測定しなくても,ガラスを作るときの組成が分かれば,計算で物性値が分かることになります.

地道ですけれど,何か夢のある話ですね.どうも,ありがとうございます.ところで,先生は,冬場にも関わらずお顔が日焼けされているようですが何かスポーツをおやりですか.

 はい,14年前から健康のためジョギングをやっています.

健康のためと言うことですが,具体的にどういうきっかけではじめられたのですか.

 ジョギングを始める前,体重が75kgありました.階段を上り下りするのもかなり辛かったので,運動をして少しはやせないといけないと思っていました.現在の城北キャンパスにはグランドがありませんが,14年前には,400mトラックがとれるグランドがありました.夕方になると陸上部の学生さんが練習をしていましたし,私の研究室はそのグランドの目の前でしたから,毎日それを見ていて自分もジョギングを始めてみようと言う気持ちになりました.

ただ走るだけでは長続きしないと思うのですが,長続きするこつは何ですか?

 おっしゃるとおり,人間何か目標を持たないとなかなか長続きしません.ちょうどその前年,私の研究室の卒論生が愛媛マラソン(42.195km)に挑戦し,惜しくも完走できなかったことを思い出し,私も愛媛マラソンに挑戦してみようと思いました.ジョギングを始めたのが12月で,愛媛マラソンは毎年2月に開催されますから,練習期間は2ヶ月ほどと言うことになります.

2ヶ月の練習でフルマラソンに挑戦されたのですか,身体は大丈夫でしたか.

 2ヶ月間の練習メニューはと言うと,1日1時間30分くらいのジョギングを週に5日ほど行うと言う程度のものでした.それでも,就寝中に寝返りをうつ際に足がつることがよくありました.でも,愛媛マラソンで完走するんだという目標がありましたので,練習を続けることが出来ました.お陰で体重も65kgまで減り,大会当日を迎えることが出来ました.レースでは,自分のペースというものも分からず,ただ闇雲に走り,30キロを過ぎたあたりから足が痙攣し始め,何度も歩いたりしながらひたすらゴールを目指しました.ゴール後は箱根駅伝ではないのですがその場に倒れ込み,なかなか立ち上がれませんでしたし,その後1週間は足が痛くて,階段を上り下りする際には手すりをつかみ脂汗を流していたことを思い出します.

失礼ですが,その時どのくらいの時間でゴールされたのですか.

 3時間04分35秒でした.40キロ過ぎで足が痛いので私が歩いていると,時計を見ながら必死で走っている私よりも年配の方何十人かに抜かれました.何でみんなこんなにがんばれるんだろうとその時思っていましたが,後日知人に聞くと,3時間を切ること(サブスリー)が一般市民ランナーの勲章であるということが分かりました.それでは,来年こそはサブスリーを目指すんだと言う目標が出来,次は2時間50分と言うふうに目標を次第に上げていきました.昨年は,ついに2時間39分08秒の自己ベストを出しました.フルマラソン以外にも昨年10月には四万十100キロマラソンにも挑戦しました.いろいろな大会に参加していると,ボランティアの方々との温かい心のふれあいがあります.私も,走っているばかりでは申し訳ない,恩返しをしようと,今年で5回目になりますが,重信川河川敷を走る「坊っちゃん一緒にらんランRUN大会」と言うハーフマラソン大会の運営スタッフの一人として参画しています.

いろいろな大会に出られているんですね.その他にも何かされていますか.

 ジョギングを始めてから,いろいろな方と知り合うことが出来,それらの知人がトライアスロンをされていましたので,私も啓発され,無謀にも挑戦しました.

え,トライアスロンですか.あの鉄人レースと言われるものですよね.確か2000年のシドニー五輪から正式種目になりましたね.

 10年前に,クロールで25m泳ぐことが出来なかったのに出ました.何とか完走することは出来ましたが,スイムの大半を平泳ぎで泳いだため,周りの選手に迷惑をかけたと反省しています.よく,トライアスロンは鉄人レースと世間の方は言われますが,ちょっと語弊があると思います.トライアスロンは,3種目を連続して行うため,バランス良く筋肉を鍛えられます.特に水泳や自転車は膝への負担が少なくてたいへん良いと思います.生涯スポーツとして最適であるとさえ言われています.ちなみに5歳ごとのカテゴリーに分かれて競技します.オリンピックディスタンスは,スイム1.5キロ,バイク40キロ,ラン10キロですね.その他にロングディスタンスもあり,スイム3.8キロ,バイク180.2キロ,ラン42.2キロで競技が行われます.これは世界各地で予選があり,その上位者により毎年10月にハワイで世界選手権が争われるのですが,70歳を過ぎても完走されていることを考えても,トライアスロンが生涯スポーツであることを物語っていると思います.

いろいろなスポーツに取り組まれているのですね.最後に,大学生や高校生に何かメッセージがあればお願いします.

 ついついスポーツ関係の話が長くなってしまい申し訳ありませんでした.でも,人間人生の勝負所で体力がなかったらダメだと思っていますから,スポーツを通して体力面は言うに及ばず,さらには精神的にも健康でありたいと思っています.最後に私の座右の銘である「運をつかめ」というお話をさせて頂きます.これは,元来島ドック社長であった「再建王」と言われた故坪内氏の著書の題名です,人間必ず大きな発見をするとか,仕事で昇進するとかいう運が巡ってくるときがあります,その運が来たとき,運を逃さないよう,必ずつかむよう事ができるように日々精進努力しなさいと言う意味です.1988年のソウルオリンピック100m背泳ぎの金メダリスト鈴木大地選手の話こそ,まさに運をつかんだ典型ではないかと思います.日々の努力によりオリンピックにでることが出来,金メダルをつかむチャンスが巡ってきました.鈴木選手は,バサロスタートと言う,当時はまだ目新しい潜水によるスタートを用いていました.決勝では,それまでの予選より5m長く潜水しました.5m長く潜ると言うことは,その分呼吸しないで運動するわけですから後半の泳ぎに影響してきます.しかし,優勝候補の選手は精神面でもろいところがあるので,鈴木選手が,5m長く潜ることで動揺を誘ったそうです.それに加えて,指の爪を3~4ミリ長くしていたそうです.指の爪をちょっと長くしたくらいで一番になったとは考えられませんが,出来ることはすべて考え,すべてやり尽くした結果金メダルをつかみ取ったわけです.私達も,いつどのような運が巡ってくるか分かりません.時には肉体的に辛いこと,精神的に辛いことに幾度も直面するかもしれません.しかしそれらを乗り越え,幸運が巡ってきたとき,そのチャンスを逃さず必ずつかみ取ることが出来るよう日々努力してほしいと思います.

本日は貴重なお話をお聞かせいただき,たいへんありがとうございました.